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#8 ニュージーランド蹴破り日記その1-7

 近場へのドライブを何度かした後、「アカロア」に行った。初めてクライストチャーチを出た。車で一時間半ほど走って着いた頃には、牛や羊に驚くことはなくなっていた。
 すごく急な坂道を上り、山の上へ行った。途中で車を降りて振り返ると、左手に海が、道を挟んで右手に羊の放牧場があった。海は、緑の濃い山にぐるりと囲われていた。水色に黄色を乗せたような色の海と、山の向こうに伸びる晴れた空と、急こう配の牧草地が、とても広々して見える。
 羊は白くて、もこもこだった。みんなばらばらに、歩いたり食べたりこちらを見たりしていた。
 山の上に着くと、右手にまっすぐな水平線が見えた。黄緑がかった色の海から、空の高い位置へ向かって、さまざまな青色が連なっている。雲のあまりない晴天であるのに、海との境がどこにあるのか、はっきりとは分からない。
 その反対側へ行くとすぐ、アカロア湾を見下ろす場所に出た。足元の急な傾斜には、草木や山吹色の花が生い茂っている。その反り返るような傾斜の先に、水を蓄えた大きな穴があり、なだらかな土手が水をせき止めているかのようだ。
 アカロア湾と、周りの山は、日の光をたっぷり浴びていた。海の色は、何色にも見えた。
 足元にはところどころ、空気を含んだようなごつごつの岩が突き出ていた。私はひときわ大きい岩に腰かけた。風が穏やかで日差しが温かかった。下から牛の声が、背後から虫の声が、そして全体を覆うように鳥の声が聞こえた。
 湾の形は、鹿児島に少し似ている気がする。鹿児島の両足を引っ張って伸ばしたらこんな形になるかもしれない。鹿児島もアカロアもカルデラ湾だ。
 一時間半ほど、そうして景色を眺めていた。その間、二組の人が来て去っていった。二組目の人はドローンを飛ばしていた。勢いよく湾へ飛び出すドローンを見たら、危うく追いかけそうになった。
「これは、生きていけるなあ!」
 ニュージーランドでは、生きていける。
 そろそろ下りるかと腰を上げて初めて、お尻がぼこぼこしてとても痛いことに気が付いた。

 クライストチャーチには約二週間、本当にお世話になった。
 最後の日はニューブライトンの海水浴場に行った。車を降りて少し歩いて、道路を渡ると海が見えた。白い大きな波が、「ゴー!」と大きな音を立てて、打ち寄せていた。茶色い砂浜が、左右にまっすぐ続いていた。
 私はこれでもかと言わんばかりの「海」を目の前に、
「うみー!!」
 と叫んだ。その後たぶん二十回以上は同じ言葉を叫んだ。アカロアの穏やかな湾とあまりに違う景色なので、つい、ニュージーランドで初めて海を見るような気持ちになった。
 海にはサーフィンをしている人がたくさんいた。近くの大きな桟橋を渡ると、来た波に乗って、すーっと滑っていく様がよく見えた。見ているだけで気持ちがよかった。
 桟橋から見下ろす海は、波がより一層白く、ダイナミックだった。葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」を思い出した。まさにあんな形をしていた。
 白くはじける前の、むくりと起き上がる波のかたまりを見て思った。
「夏が来たら、必ず海で泳ごう」
 そして翌朝、海沿いの街「オアマル」へ向けて、クライストチャーチを出発した。

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