長唄「時雨西行」解説
2018年の杵屋宗家派一門会「杵屋会」にて
両宗家による「時雨西行」をご一緒させて頂いた際、Instagramに投稿したあらすじ。
せっかくなのでノートにも
5年も前に書いたので、読み返して修正するかも?
「時雨西行」
元治元年(1864)九月
作詞 河竹其水
作曲 二代目 杵屋勝三郎
仏道に入り歌を読みながら旅する西行法師。
ある晩、雨に降られとある粗末な家を訪ねると
そこは遊女の住まう家でした。
西行法師が一夜の宿にと願い出るものの遊女は情け容赦なく申し出を断ります。
西行法師が 「世の中を 厭ふまでこそ難からめ 仮の宿りを惜しむ君かな」
(世俗を厭い、捨て去ることは難しいでしょう。そのように難しい事をしたあなたにとって、宿を貸すことはそんなに難しいことでもないでしょうに、どうして、あなたは宿を断わるのでしょうか)
と歌うと即座に遊女は
「世を厭ふ 人とし聞けば仮の宿に 心留むなと思ふばかりに」
(あなたは、悩み多い世の中をきらって出家している人と聞きますので、遊女の宿に泊まるなどと、かりそめの宿に執着なさるなと思うだけなのです。)
と返したので、西行は改めて遊女に一夜の宿を頼みました。
家にはいると遊女は僧となった西行の身の上を尋ねます。
西行は隠さず武士の家の生まれであり
そうして生きていくうちに世の無常を思い、出家したのだと半生を語ります。
遊女も自らの身の上を、
父母の顔さえ知らず、訪ね来る者は多いがそれもただ一夜、はかない遊女として生きていると、移り行く季節のどんなに美しい景色を見ても無常を感じます、それであるのに人は何かの虜となり愛に溺れてしまう、執着こそが煩悩の根本なのでしょう。
と語りました。
これを聞いた西行はなんという達観であろうと感心し、
ただの遊女ではあるまいと眼を閉じ心を静めると、
今まで遊女のいた所に六牙の象に乗り後光のさす普賢菩薩が現れ
「実相無漏の大海に五塵六欲の風は吹かねども 随縁真如の波の立たぬ日もなし」
(清らかな大海に世俗の欲の風は吹かないが、縁ある所に悟りへの波はたつものである)
と語られる
西行法師が眼を開けるとそこには元の遊女の姿があり
人は執着を捨てれば、つらい世もつらい恋もなくなるのです、
誰かを慕う事も、待つこともやめます、
愛してしまえばその別れにはまた嵐が吹き荒れるのだから。
花が咲くこと、紅葉が散ること、月も、雪が降るのも、全ては変わっていくのだから、
過ぎたことに心を揺らしても、何にもならないのです。
と続けます。
西行は、一夜の縁に人の姿を借りた菩薩の姿を拝み、また悟りに近づいたのです、
そうしてこの一夜の出来事を歌にして語り継ごう、
と締めくくります。
歌詞
行方定めぬ雲水の 行方定めぬ雲水の 月諸共に 西へ行く
西行法師は家を出て 一所不住の法の身に 吉野の花や更科の
月も心のまにまにに 三十一文字の歌修行 廻る旅路も長月の 秋も昨日と過ぎ行きて
都をあとに時雨月 淀の川船行末は 鵜殿の芦のほの見えし
松の煙の波寄する 江口の里の黄昏に
迷ひの色は捨てしかど 濡るる時雨に忍びかね 賎の軒端にたたずみて 一と夜の宿り乞ひければ
あるじと見えし遊女が 情なぎさの断りに 波に漂ふ捨小舟 どこへ取付く島もなく
世の中を 厭ふまでこそ難からめ 仮の宿りを惜しむ君かな と口ずさみて行き過ぐるを
なうなう暫し と呼び留め
世を厭ふ 人とし聞けば仮の宿に 心留むなと思ふばかりに
それ厭はずばこなたへと 云ふに嬉しき宿頼む 一樹の蔭の雨やどり 一河の流れのこの里に
お泊め申すも他生の縁 いかなる人の末なるかと 問はれて包むよしもなく
我も昔は弓取の 俵藤太が九代の後葉 佐藤右兵衛尉憲清とて 鳥羽の帝の北面たりしが
飛花落葉の世を観じ 弓矢を捨てて墨染に 身を染めなして法の旅
あら羨まし我が身の上 父母さへも白浪の 寄する岸辺の川舟を 留めて逢瀬の波枕
世にも果敢なき流れの身 春の朝に花咲いて 色なす山の粧ひも ゆふべの風に誘はれて
秋の夕べに紅葉して 月によせ 雪によせ 問ひ来る人も川竹の うきふし繁き契りゆゑ
これも何時しかかれがれに 人は更なり心無き 草木も哀れあるものを 或時は色に染み
貪着の思ひ浅からず 又ある時は声を聞き 愛執の心いと深く これぞ迷ひの種なりや
げにげにこれは凡人ならじと 眼を閉ぢて心を静め 見れば不思議や
今まで在りし遊女の姿たちまちに 普賢菩薩と顕じ給ひ
実相無漏の大海に 五塵六欲の風は吹かねども
随縁真如の波の立たぬ日もなし 眼を開けば遊女にて
人は心を留めざれば つらき浮世も色もなく
人も慕はじ待ちもせじ 又別れ路もあらし吹く
花よ紅葉よ月雪の ふりにしこともあらよしなや
眼を閉づれば菩薩にて 異香のかをり糸竹の調べ
六牙の象に打乗りて 光明四方に輝きて 拝まれ給ふぞ有難き 拝まれ給ふぞ有難き
西行法師が正身の 普賢菩薩を拝みたる 江口の里の雨宿り
空に時雨のふることを ここに写してうたふ一節