034 全然授業がうまくいかない生徒実態での経験話
教育困難校での経験
今日は、厳しい生徒実態で全然授業がうまくいかなくなった体験を思いつくまま話していきたいと思います。例によって、スーパーの駐車場に車を停めて録音していますので、お聞き苦しい点があると思いますが、ご勘弁ください。
まずね、厳しい生徒実態を経験してきた年数というのは、私はかなりの年数がありまして、17年ぐらい教育困難校にいましたからね。こんなにたくさん厳しい学校にいた先生というのは、なかなか探してもいないんじゃないかなと思うんですけれど、その間の全部が全部しんどかったわけじゃないんだけれど、特定の年数であったり、特定の学校であったりで、かなり厳しかったなというような思い出があります。
教室での規律と指導方法
そんな時に私はどうしていたかというのをちょろっと語りたいと思います。
まず、授業始まっても全然机に着かない生徒というのはいますよね。チャイムが鳴っても全然机に着かない、椅子に座らない生徒。
学校組織全体できちんと指導していたら大丈夫だと思うんだけど、最近の学校ではそういう指導をきちんとしているからほとんど見られなくなりましたが、過去に生徒急増期で非常にたくさんの生徒が教室に47人とかいた時代は、なかなかその教育が行き届かずに立ち歩きとかざらだった時代がありました。
そんな時にどうしたかというと、欠課時間数とか遅刻回数とかが卒業資格取得に関わるような高等学校というところだったので、規律を守らせるために遅刻というのを厳密に取って、遅刻3回で1欠課とかそういう内規があったりして遅刻を厳密に取っていました。
例えば、チャイムがなり始めたとたんに席に着いていなかったら、遅刻みたいなことを厳しく生徒に言って、それで規律を守らせたわけですけれど、大概、ちょっと緩めにはするんですけど、それできちんと座るようにはなりました。
やっぱり生徒は本当にここは許せて、ここは許せないというきちっとした規律をこちらが徹底して繰り返し指導しないと、なかなか座ってくれないわけですよね、しんどい学校ではね。
でも、中学校となるとそういうところが難しいので、ちょっとその指導をどうしたらいいのか私にはわからないんだけれど、今中学校を経験してみて思うのは、中学生って思春期真っ盛りで非常に落ち着きがないわけですね。多動性も強いですし、状況判断もできないし、自分がやりたいことが優先してしまっていて、規律っていうことがなかなか難しい、そういうふうな年代でもあります。
でもね、視覚優位だったりする生徒なので、今は私はなかなか席につきにくいなと思ったら、プロジェクターで座席を移して座ってない子に印を付けるという、そういうしょうもないことをやったら、よくわかんないんですけど、よく座るようになりました。
多分スクリーンで、今自分は座ってないんだっていうことがみんなの前でわかるし、自分自身も視覚的に認識するから座っているんじゃないかなと思います。
なので、やっぱり規律以外にも、そうやって生徒の特性をしっかり把握して、生徒が、自分は外から見たらこういうふうになっているんだっていうことがわかるような指導っていうのも有効なんじゃないかなと思います。
授業中の静寂の確保
それから次に、さあ一応座って授業がスタートしました。私語が止みません。静かにしなさーいとか言っても、全然止まない教室いっぱいあるんじゃないかと思います。
Twitter、現Xでもいろんなツイートが飛び交うんですけど、どうしても経験年数の浅い先生、特に女性の先生なんかは、やっぱり静かにさせるっていうこと自体がすごい難しくて、大変だなっていうようなつぶやきをいっぱい見ることがあります。
私自身も若かりし頃は、どうしても生徒に対してビシーッと当たれないっていうところもあったりして、大変だった思い出があります。
それでもね、先生が本当に一生懸命になっている。生徒のことを思って、授業をきちんとやろうとしているっていうことが、だんだん伝わるようになると聞いてくれたりしますし、さらにその指導っていうことが、この先生だけが言ってるんじゃなくて、この先生は学校の組織の中できちんと支えられて、この先生の言うことを聞かないイコール教職員の言うことを聞かないっていうふうに、きちんとこの先生は組織としてこの授業をきちんと成立させたいんだっていうような思いが伝わる。
例えばですね、担任の先生にすぐ連携取ったり、それから学年会の問題にしてもらったり、またまた生徒指導的なところで厳しく指導されたりっていうようなことを、段階を踏んで粘り強く組織的に当たっているっていうことがわかるようになると、生徒も、やばい、この先生は一人で注意してるんじゃない。学校を巻き込んで、学校の組織で注意しようとしている。本気だぞっていうことがわかるようになると、やっぱり少しずつ落ち着いてくると思います。
ただそれには学年団とか、それから担任団の協力がないと、とても強いバックアップがないと、それが成立しないと思うんですよね。
だから新採の先生とかは、そういった組織で取り組むっていうところのバックアップを自分から言い出すことができにくいので、周囲のベテランの先生たちをはじめとして教職員集団できちんとしたバックアップをしてあげないといけないなと思います。
授業の指示の重要性
はい、そして授業がどうにか始まりました。やっぱり先生は指示をきちっと明確にはっきり言わないと、生徒は今何をしていいのかわからないんですよね。
今何を取り組んで、今何をすべきかっていうのを教室全体に行き渡る大きな声で、私よく言ったのは、向こうの壁に跳ね返って自分の声が聞こえるような大きな声で言いなさいっていう風によく言われたんですけど、大きな声でちゃんと指示を明確に出すっていうことにすごく鍛錬していかないといけないと思います。
若い先生の授業を見ると、やっぱりその指示が明確でなかったりするんですよね。まだまだ自分自身が慣れてないっていう部分も大きいので、そこはやっぱり自分の授業動画をしっかり見て指示をして、明確に今あなたはこの目的でこういうふうな行動をしないといけないんだっていう、そういう指示が明確になってるかどうかをきちんと見ていかなければならないと思います。ここは鍛錬が非常に必要とされますね。
生徒の自己肯定感と授業づくり
それから次に、生徒はその時間で自分が認められるか、あるいはこの時間で自分が生き生きできると思ったら授業に取り組むようになるので、生徒が自己肯定感が持てるような授業づくりをするべきだと思います。
例えば、当てても発表しても、何を言ってもこの先生は肯定的に捉えてくれるとか、自分のことを諦めないで何回かヒントを出してくれるとか、どうにかしてこの授業に位置づけてくれるっていうような、そういったやりとりがきちんとできてるかどうかだと思うんですよね。
私ははっきり言って若い頃それができてなかったなと思います。どんな生徒でも発言したことに、ちゃんとその授業で位置づけてあげるテクニックっていうのを、自分の持ち味で何とか鍛錬して自分で身につけてもらいたいなと思います。
授業の進行と生徒の集中力
さあ、そして授業がだんだん進んでいきます。落ち着かない生徒っていうのは、だいたい15分で集中切れるんですよね。
だからずっと同じような単調な授業じゃダメで、説明する、作業する、友達と話し合う、そしてまたそれを紙に書いてアウトプットする、発表するっていうように、さまざまに自分たちの取り組み状況を、フェーズを変えてやる。
そうすることによってメリハリ変化がついて、生徒も集中を切らさないっていうことができます。なので、やっぱり授業の展開を上手に、生徒が落ち着かなかったら10分とか15分刻みで取り組みをくるくると変えていったほうがいいなと思います。
私が中学生によくやっているのは、時々自分で考えても限界を迎えたら、じゃあ、共有タイムです。これからいろんな人に当てていくから、自分の答えに自信がない人は友達からいろんな教えてもらってください。立ち歩きOKですって言ったら、結構自由に立ち歩いて、いろんな人にここぞって思うような人に聞きに行ったりしてますから、立って歩く時間というのも保証してあげていいんじゃないかなと思いますね。
一部、ふざける生徒もいるんだけど、体がほぐれるので、いい気分転換になると思います。
そして、最近はICTがあるんで、そういった授業に集中しにくい生徒でも、ICTでいろんな支援ができると思います。書いたり、それから最近ではロイロノートで図式化をしたり、いろんなICTでアウトプットの方法がバリエーションがついたんで、ぜひICTを活用して、ICTを使うと生徒も新しいことができたという自己猶予感というのが生まれると思うんですよね。そういったICTも使うということで、生徒の有用感、自己肯定感を育むといいんじゃないかなと思います。
自分のライン
そんな困難校でいろんな取り組みを私はしてきたんですけど、最終的には自分がこれは許せて、これは許せないという自分の指導のラインというのがいろんな経験を経ないとできなかったかなと思います。
最初の2年から3年は本当に自分のラインが決まらなくて揺れ動きました。そのラインというのも厳しいベテランの先生の授業を見て真似しても全然ダメだったんですよね。
なので本当に厳しいベテランの先生の真似しても自分のものになってなかったら本当にダメで、自分はこういう思いで授業をしている。だからこれを守ってほしいというラインができるまでの試行錯誤が本当につらかったですね。
思考停止になっていないか
そんなこんなで大ベテランになってしまってだいぶ自分のラインができてしまったんだけれども、それでもやっぱり生徒の実態によって自分自身をもう1回見直さないといけないなということは多々あります。
私が本当に厳しい生徒実態を経験してきて思うことは、やっぱり授業というものは奥が深くて、いろんな生徒がいて、いろんなものの見方があって、これでいいって授業、これで私のスタイルなんだって、自分のスタイルを固めてしまうということ自体が、もうその思考停止になる。
あ、今授業うまくいってるから私はこれよって思って自信を持って授業をする自分自身を疑うべきだなって思いますね。
私も10年間勤めた学校で、これが私のやり方だって思って自信を持っていた時期もあったんですけど、転勤するたびにその自信は崩れます。全然自分足りてない。本当にそう思いました。
転勤は最大の研修
なので、もし皆さんの中で自分はこれだ、これでいけてるんだって思ってらっしゃる方がいたら、ぜひ転勤することをお勧めします。
もう様々な生徒実態で、いかに自分が足りてないかっていうのを私本当に痛感してます。そのたびにもっと何とかしなきゃ、もっと自分を鍛えなきゃと思い続けてきました。そのおかげでいろんな授業の引き出しが増えたかなとは思っています。
おわりに
でも今でも全然指導がうまくいかなくて、いろんな本を読んだり、いろんな先生に学んだりしています。
たぶんずっとそれが一生涯続くんじゃないかなと思っています。それだからこそタイトルは今日も明日も授業道なんですよね。
もし授業がうまくいかなくて悩んでらっしゃる先生、それは過去の私も本当に同じでした。ここでお話ししたこと以上に厳しい生徒実態の学校にも行ったことがあります。
その先生たちが悩んだり苦しんだりしているのを見ると、あなたのせいではないんだよ。そういうふうに励ましたい気持ちでいっぱいになります。
ということで今日は授業に悩むいろんな先生に語ってしまいました。14分にもなってしまいましたけど、すいません取り留めもない話で。この辺で配信を終わりたいと思います。
また明日も授業があります。全国の先生方、無理しない程度に気分転換して頑張っていきましょう。それでは聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。