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"感情を出せ"と言われましても。

ハハコ揃って、流行りのアレにやられました。

普段体温が上がらない健康優良児の発熱は、なかなかに辛い。


ただいま体調絶不調。おそらくハハコ揃って例のヤツにやられています。お盆真っ只中に救急に駆け込むような非常識なことは出来ないので、ひたすら水分ミネラル補給と睡眠。
因みに睡眠に関しては、次女がしんどくて寝れないって起きちゃったので諦めました。熱が上がりきって落ち着くまでは、やっぱ目は離したくない。
さすがにもう熱性痙攣を起こすような年齢ではなくなりましたけどね。
(保育園にも座薬預かってもらって、とにかく38.5℃を越えないように気を遣う子でした。)
やっぱりいくつになっても心配は尽きないですね。元気でいてくれるって、本当にたまらなく有難いこと。
台風が近付くと喘息で寝れなくなる姉さんを
一晩中抱きかかえてトントンしてた夜もあったなぁー。
今や2人とも私より大きいモンね。

今日はさすがにちょっとイラッとしました。・・・ってことは、怒りの感情が湧かないわけではない?

さて、高校受験前からばぁばんちにホームステイを続けている姉さん。送り迎えやら毎週一緒にゴハンやら、しょっちゅう一緒にはいる訳で、昨日も3人で出かけたり一緒に食事(ガッツリ回し食べ)もしてるワケ。
そして今回私の実家にいる姉さんから順番に発熱。しかも高熱。もう、こうなったらあぁ・・・(察し)。ってなるワケ。
体感でも、いつもの風邪の感じや扁桃炎の時の感覚とチガウ。深部の体温が上がっていってる感じ。しんどさが違う。
幸いこんな時のための漢方は持っていたので、よっぽど危ないと思ったら受診するつもりでした。お盆の夜やし。

そしたら父から電話。
父「なんで検査受けに行かへんねん。こっちはどうしたらいいんや。」
私「もう、なってるモンとしてお父さんやお母さんは長女とは接触せんようにしてもらって。」
父「それにしても、分からんかったら出かけていいのかも分からんやろ。」
私「今2人連れて病院行くのは全員余計にしんどいから。もう確定でいいよ。あからさまにおかしいもん。」
父「でも、もし違ったらどうすんねん。」
私「電車乗って、友達と食べ物飲み物分け合ってる長女の状況考えて、3人とも高熱で喉痛いって、陽性って考えるのが合理的やと思う。」
父「ほなこっちはどうしたらいいねん。」
私「もう、今は濃厚接触者の扱いも曖昧やし、どこで誰からもらうかも分からんし、自分はもらってないと思うんやったら出掛けたい人が検査受けて確かめるしかなくない?陰性やし大丈夫ですって外出る人もいるかもしれんし、やっぱり同居してるから万が一のことがあったら・・・って思う人は自主的に自宅待機するんやろうし、もうそれはその人の判断やと思う。自分が今陽性かどうか、調べてもらいたいんやったら行ってもろて。」

・・・とまぁ、熱も上がりかけてたところで朦朧としてたので。途中からだんだんイラッとしてるのがバレバレやな。
で、ここで更にお仕事モードの癖が出てしまって分析を始める私。
怒り(イライラ)の後ろに隠れてるのは、期待とそれが叶わなかった悲しみですね。
私は父に何を期待してたかな?
ー 2人とも大丈夫か?食べれてるか?何か要るもんはあるか? ーっていう心配とか、労りの言葉を期待してた。そして気付く。
あー。久しぶりやなお父さんに期待するの。

感情が存在していないのか、抑え込んでいるのか、そこが問題だ。

普段はもう、人に期待することがないからイライラもしない。

こんなんだから、自分でも性格は良い方ではないと思ってます。
人に(特に両親に)期待することを、幼少期の頃既に諦めて育ってきたんですよね。
諦めるっていうのはそこまでネガティヴなことだとは思ってなくて、
「この家の大人は私の本当の気持ちとか願いとかを受け止める余裕がないんだな」ということを早くに悟ったという。すっごい可愛くないオコサマだったというだけのことです。

それは、いろいろ学んできた今は分かる。そうやって、幼かった私は自分の心を守っていたんやろうなぁって。
で、自分で走り回れるようになると
すぐ近所にある母方の祖父母宅に逃げるようになったし、
思春期を迎える頃には友人や彼氏の存在に逃げるようになったし、
20歳でついには結婚に逃げました。逃げまくりの人生です。

そしてそんな中身は変わらないままだから
環境を変えたところで同じような扱いを受けることになるし。
まだ父親に対して諦めてなかった長女が、
父親(元旦那)に自分の嫌な気持ちをぶつけた時
父が私にしてきたように激昂するのを目の当たりにして
もうアカンなって思ったのが離婚を決意した理由っすね。

「パパはお前のためを思って怒ってんねん!」という父に
「◯◯のためって言うんやったら、◯◯がちゃんと分かるように優しく言ってくれたら分かるし!怒らなアカンことないやん!そんなん自分のためやん!」って言った、賢い8歳。そんな子に、
「オマエのために言ってんのに偉そうに言うなやエエ加減にせぇよ!」って完全にキレてる父親。デジャブかな?って思ったよね。そして絶望でしたね。
私は絶対、子どもたちと言いたいこと好き勝手に言い合える家庭を作るんやって決めて結婚したんです。
いい歳した大人が、ちっちゃくて幼いわが子を恐怖でコントロールするってどういう神経?私だって、思い通りにいかんかったらすぐ不機嫌になったり大きい声で怒ったりする成人男性にはトラウマがあるのよ。
そうです。これは長女が私に、小さい頃諦めて封印した本当の気持ちを思い出させてくれた出来事でもありました。

子どもは、そのキレられ方がイヤだ。悲しい。怖い。っていう素直な気持ちをぶつけただけでしょう?
それを『俺のことを馬鹿にしている』と感じるのは、自分の自尊心の問題でしょう?
子どもや嫁は、自分の自尊心を満たすための道具じゃない。自分の心の問題は自分で何とかしてくれ。
今だから、当時の思いを言語化することが出来るんですけど。
その時はもう、娘たちに私と同じ思いをさせてなるものかって決意をするのみでした。
ぜっっっっっったいに、私はあんたからムスメたちを守るから。そんな思いで、離婚してもうすぐ10年ですねー。

偉そうに言うてる私だって、娘をコントロールしようとしてしまうことはある。

そんなこと言ったって、私だって今まで散々ムスメたちをどうにかしてやろうとしてきた母親です。
今でも油断すると、自分の思う正しい方向に導こうとしてしまうことがある。そうすると絶対に抵抗にされるから、そこで初めて気付くくらいです。
私の産んだ子たちは、コントロールを絶対に受け付けない。さすが私の娘。笑
親って、良かれと思ってやっちゃうよね。だからこそ、余計にタチが悪いと思ってます。その発端には、確かに子を思う愛が存在しているから。
でもそれも、子どもが必要としているものかそうでないかは分からないじゃない?いらんかもしれんやん。
それを子どもが素直にNOって言った時に悲しいのは、親の感情じゃない?親自身のものであって、子どもがどうにかするもんではない。
私は、自分のご機嫌を他人の、特に子どもの責任にする大人を軽蔑しているんだと思います。
子どもって、逃げ場がないじゃない。親のことを愛しているから。軽蔑しながらも、それでもやっぱり愛してる。
だから私は、ずっとそれを伝えずにきたのだと思います。
本当のことを言えば、自分たちのしてきたことを全て否定されたと受け取って、傷付いてしまうと知っていたから。

私が変わった子なのは、生まれつきですよ。

私は物心ついた頃から、文字を追うのが好きな子でした。
2歳くらいでもう、自分で絵本を読んだりひらがなを書いたりしていたみたいです。とにかく文字や言葉が好き。
小学生になる頃に、近所に図書館が新設されたので嬉々として毎日のように通っていたと思います。
家だと厳しい方のおばあちゃんに「本ばっかり読んでお手伝いもせんと」って怒られるけど、
近所の母の実家に行けば「直美はいつも本読んでホンマに賢いなぁ」って褒められる。
思えばこの頃から、私の同じ言動が人によって違う捉えられ方をすること
私の言動に怒りが湧くのは私のせいではなくない?
ということを認知して、疑問を持っていたのかもしれません。

私は父が、母や私たちを恐怖でコントロールすることや
自分の怒りの感情を私のせいにすることを
きっととても幼い頃から軽蔑していました。
そしてその怒りの根源が
「どうして自分はこんなに皆のためを思って頑張ってるのに認めてくれないんだ」と言う悲しみなことも成長と共に知っていって。
もっと言うと、そのお母さんである祖母にもそんな傾向がありました。
そして母は、とにかく毎日忙しすぎて気を遣いすぎて疲労困憊で
波風を立てる余力なんかなかったように見えてました。
誰よりも母が、諦めてしまっているような。

2人ともそれぞれに、自分たちなりの正しさで私を愛してくれているのは分かっています。
2人揃ってめちゃめちゃ心配性で、何を考えてるか何をしでかすか分からん状態がたまらなくイヤな人たち。
だからずっと優等生として育っていたハズの娘のとんでもない行動の数々がとにかく理解出来ない。何不自由無いように育ててきたのになんで?なんでそんなことするの?っていう。

私は、キムチ以外のものが欲しかっただけなんです。

例えるなら、両親は自分がとっても体に良いと思って毎日食べてるものがあるとしよう。例えばキムチとか。
で、愛するわが子にキムチをどんどん与えようとする。でも私はキムチが好きじゃない。
好きじゃない。食べたくない。って言うと、お前のためを思って与えてやってるのにって怒られたり嘆かれたり。
これって、食べても食べなくても苦しいよね。
それに成長するにつれて、キムチの他にも体に良いものは無数にあるって知るわけです。別に、キムチにこだわる必要なくない?って思う。
だから、キムチ以外をくれる人たちのところに逃げるようになった。それが私です。因みに本当はキムチが好きです。

私はキムチが好きになれないというだけで、キムチを好きで私に食べさせようとする両親のことを好きになれないとは言っていない。むしろ無理矢理口に突っ込まれるようなことがあったとしても、両親のことは愛してしまうと思っています。それが子どもっていう生き物だから。

私は、純粋な愛情と信頼が欲しかった。
心配とコントロールは要らなかった。
心配することこそが親の愛情だという考えは未だに理解が出来ない。
父には散々「お前も親になったら分かる」と言われてきて、
確かに娘たちとの生活の中ではしょっちゅう
心配や不安で胸がザワザワすることはある。心配は勝手に湧いてくる。
でもそれはやっぱり、私が勝手に作り出している荷物であって、愛だとは思えないです。
何に対して心配と思うかも、やっぱり人それぞれやし。
心配は、親がそれぞれ勝手に抱くもので、=愛とは思えない。
それが、私が実際に親になって痛感したことです。

私の言葉では、いつも本心が伝わらない。

私は自分の気持ちを伝えようとする時、パッションよりも「どういう言葉を使ったら、私の考えていることが純粋なまま伝わるかな」というところを重視する傾向があります。
極端に言うと、”ドラ◯もん!!”みたいに聞いた人がそれとしか認識しないくらい純粋に伝わる言葉をいつも探している感じ。
純度100%に近いくらい私の感じているものを言い表したい。それが『私を知ってもらうということだ』と思っている節がある(ということに、今思いのままにタイピングしていて気が付きました)。

それが、私の家族にとっては「取り繕っている言葉」に聞こえるんだな。知識で本心を誤魔化しているととられる。もしくは屁理屈。
すごく心を砕いて、私の思いを知って欲しいと願って話した結果、
全く心に響かないし伝わらないという無力感を何回も味わうわけ。
本当に、1回も、
「そっか・・・そんな風に思ってしんどかったんやなぁ」って言ってもらった記憶がないのです。
母と1対1の時は別。
どうしたらちゃんと伝わるんやろうって、いつも思う。

1度、思ったまんまをそのまま言えって言われたことも。
思ったままを素直にぶつけて、受け止めてもらえる家だと思えなかった。
だからずっと逃げてきた。
自分は娘たちが、好き勝手何でも言える親でありたいと思ってる。
って伝えたつもりが
やっぱり「お前には一番好き勝手やらせてきたのに」と嘆かれる羽目に。
すっごい傷付いた顔するんですよね父が。
で、今までしてもらってきたことに感謝してないからそんなことが言えるんだという話になる。
感謝してるから、お母さんの助けになりたいと思ってやってたことは「そうではない」と言われる。

「私は梅干しが良かったの。」「あ、そうやったん?」
で良くない?
小さい頃にこれが怖くてイヤで、だんだんよそに逃げる方が楽になった
って打ち明けたら
自分の生きづらさを両親のせいにして現実逃避してるととられ。
私はもう、とっくに両親のことを理解して許してるのに。
って言ったらまた何様って言われるんでしょう分かってます。
なんかね、私が思いを伝えようとすればするほどに
大事な人には伝わらないんじゃないか説すらある。
最近ホロスコープの文献でそんなアスペクトの解釈を見つけて
あーーーーーって思ったりなどしました。
だからね、決して我慢してるとかではないし、
強い怒りも恨みも感じてないんですよ。
いつか、私の本心が伝わったらいいなぁ〜って思ってるだけ。
我慢はしてない。そこに嘘はないのにな。
期待を手放したと言うと、それはそれで冷たいと言われる。
もー、どーせーっちゅーねん。本心はこれに尽きるのかも。

私は思春期から成人して親になる過程で、
幼い私の子どもらしさを受け止める余裕がなかったこと
恐怖で私をコントロールしようとしてきたこと
私が本当に渇望していた「ホッとできる場所」ではなかったこと

それが悲しかった自分を思い出して、責める気持ちがあったから
自分はそうじゃない親になろうと必死だった時がある。
そのこだわりに執着していた時は、許せない気持ちがあったのかも。
気を遣うべきは大人でしょうが。子どもより多くのことを経験してきたはずなんやから。何で子どもが、大人に気を遣って生きなアカンの。
こんなこと言ったら傷付いちゃうかなって心配するの、大人が子どもに向ける気遣いじゃない?何で逆?
そんな恨みは存在してた。

でも今は純粋に、
娘たちの反応を見て関係性を試行錯誤することを楽しんでるんです。
あの時の2人にとって、精一杯のことをしてくれたことも知ってるから。
だって私こそが、その時々の精一杯を後で悔やむことも何回もあるんだし。
ムスメたちをどうにかしようとするのをやめてから、
2人との関係はすごく面白くなったと思ってるんです。
降参しちゃったら、言わなくても自分で決めたことは私以上の根性でやり遂げる子たち。そんな娘たちのことを尊敬しているし、そんな気持ちはきっと伝わってるんだろうと思ってます。
会話もリスペクトが欠けると不穏な空気になるしね。私たち親子には、どんな関わり方が心地いいのかな〜って、ちょこちょこ観察して見直して。それがとても楽しい。
ワクワクと変化がないと、続かないんですよね私。

これが、私。

お気付きでしょうが私はちょっと(だいぶ?)変わった人間で、
幼い頃から、人の言動の裏の真意のようなものが分かる人間でもあります。

「あなたのことを思って」という言葉が出るとき、そこには「あなたのためにって思ってあげてる私を褒めて」という欲求があることも知ってます。
(心の底から相手のことを思っている時に、そこに自分の承認欲求が入り込む余地はない。だからそもそもそんな言葉が出てこない。)
いつも真意が透けて見えてしまう。だから上辺の言葉は響いてこない。
違うでしょ?って思ってしまう。これはもう、生まれ持ってのスキルです。
でもその分かってる風の空気が、馬鹿にしてるんだろうと感じさせる原因なのかもしれないですね。。
ま、そんな『私が感じてしまうものこそが真意だ』って信じてるのもまた
私の勝手なんですけどね。裏の本音なんか、存在しないかもしれないし。

ただ、言葉とハートの声が違うとやっぱり気持ち悪さを感じてしまうだけ。
そして私は、自分の感じる快・不快を信じて生きるのです。
理解してもらえないとしても、やっぱりこれが私。
だって、明日だって今日だって、無事に生きていられる保証はないから。
誰よりも、自分に嘘をつかない生き方をしたい。それだけです。


結局、次女がベッドではなくソファーがいい。。と。
一晩中うなされながらウトウトしたり起きたりを繰り返していたので
見守りつつ着替えさせつつ、徹夜しちまったい。
きっと回復は遠のきましたけど。
「何で起きててちゃんと見とかへんかったんやろう」って後悔したくなくて。そんな豊かな想像力で、勝手にザワザワして寝れなかっただけ。
早くみんな元気になりますように。

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