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[短い物語 01]手紙で始まり、手紙で終わった。
ある日、手紙が届いた。
高校1年の頃。
わたしは地元から離れた高校を選び、学校の近くで下宿生活を送っていた。
周りにひとりの知り合いもいなかった土地で、地元の方言が出ないようにと細心の注意を払いながら、周りになんとか合わせつつ、不安を抱えて生きていた。
5月の連休は、地元に帰省した。
懐かしいと呼ぶにはまだそんなに時間も経っていない、中学時代の仲間と久しぶりに顔を合わせて、互いの近況を報告し合った。
ひとり田舎を飛び出し、出来たばかりの高校に進学したわたしに、周りからは羨望の眼差しが集まっていた。そんな空気を感じながら、何となく話を合わせる。
言葉が違う、まるで都会人のようだとからかわれては、少しの優越感と距離を感じていた。
確かケンジと会ったのも、この連休だった。
図書館で待ち合わせをして、他愛のない、互いの高校生活を話して、じゃあまた夏休みにね、と別れたのだと思う。
ケンジは中学時代、同じクラスだった。
仲の良い数人の男子がいて、漫画を借りたり、テストの点数を見せ合ったりしていたのだが、その中にケンジもいた。
当時のケンジは、わたしの友人であるマユを好きだったように思う。マユに対する、ぎこちない感じを今も覚えている。
一方でマユは、ひとつ上の憧れの先輩を追いかけて、同じ高校に進学した。
わたしはわたしで、中学を転任していく先生に淡い恋をしていた。無論、うまくいくことなどなかった。
あの頃、
みんなそれぞれに叶わない恋をしていた。
手紙の主は、ケンジだった。
真っ白な味気ない封筒に、見覚えのある懐かしい文字。
一体どんなことが書いてあるのか、それでも特に何を期待するでもなく、封を開けて便箋を開いた。
『実は中学の頃から気になっていました。
僕と付き合ってください。』
衝撃的な内容に、しばし我を失った。
ケンジが好きだったのはマユだと思っていたし、わたしはケンジに恋愛感情を抱いたことなど一度もなかった。
でもわたしは、ケンジと付き合うことにした。
何故なら、このとき人生で初めて告白されたから。初めての彼氏、ただそれだけの理由。
今になって思うのは、不安な気持ちを少しでも埋めたくて付き合うことにした、のかもしれない。
手紙で届いた告白に、手紙で返事を送って始まった、ケンジとの遠距離恋愛。
携帯電話もインターネットもない時代、連絡手段は手紙か電話くらいしかない。
しかしながら、下宿の電話には他の人も出てしまうし、こちらから掛けるとケンジの親が出てしまう。恥ずかしがり屋な2人だから、電話なんてできるはずもなかった。
そして、会いに行くお金も時間も、あいにく持ち合わせていない。つまり、次の夏休みまで会う約束はない。
手紙だけが、2人のすべてだった。
付き合う、とはどういうことを指すのだろう。
高校時代の恋愛なら、一緒に帰ったり、駅で待ち合わせをしたり、手を繋いで歩いたり、2人で買い物したり、映画を観に行ったり、そんなことを少なからず想像する。
人生初の『彼氏』は、真っ白な味気ない封筒で他愛のない近況文を送ってくるのみで、声で言葉を交わすこともなく、手を繋ぐこともなく、何かを共有することもなく、ただの文通相手でしかなかった。
そもそも、始めからわたしがケンジのことを恋愛対象として見ていなかったのだから、会いたい思いが募ることもない。そうして、だんだんつまらなさを感じてきたように思う。
『別れよう』
そう手紙に書いたのは、わたしのほうだった。
数回の文通を経た、夏休みが始まる前のことだった。
初めての『彼氏』という存在に一瞬だけ喜びを感じたものの、それはただ、恋に恋しただけの虚像に過ぎなかった。
わたしはケンジからの手紙が届いても、それを嬉しいと思うこともなく、相変わらず彼を好きになるということは、決してなかったのだ。
数日後、ケンジから手紙が届いた。
真っ白な味気ない封筒。中を開いてみると、何も入っていなかった。
最初から何もなかった、わたしの気持ちがそっくりそのまま、送り返されてきた。