夏に備えて。
日曜日の夕方、上田へ出かけた。甲田理髪店に来週の散髪の
予約をして、すぐそばの寿司屋の萬寿の暖簾をくぐる。
茶碗蒸しをつまみに日本酒を飲んでいたら、二階から
ひとり娘のなおちゃんが降りてきた。この春から
小学校一年生。お友だちできた?と尋ねれば、照れたように
ちいさく頷く。
こんど太郎山登山があるというから、頑張ってねと励まして、
おかあさんと先に帰る姿を見送った。
翌朝、駅前をぶらぶら散歩して、ヴァシランドコーヒーに立ち寄る。
深煎りの、苦みの効いた珈琲で目を覚まし、城跡公園まで足を延ばした。
お堀のまわりの桜の木も、すっかり緑が茂り、爽やかな景色が
目にやさしい。上田は一年中いつ来ても好い町だけれど、
新緑から初夏にかけての風が、ことのほか気に入って
いるのだった。ゴールデンウィークに入っても、普段暮らしている
善光寺界隈ほど混雑しないのも有り難い。
ひと気のない路地を巡りながら、久しぶりのフレンチのル・カドルへ
むかった。
コロナ禍で席数を減らしているせいで、いつも満席だった。
このたびは早めに予約をして、あいかわらず
寡黙なご主人と、美しい奥様にお会いすることができた。
美味しい肉と野菜をほおばりながら、エビスを飲んで、白ワインを
飲んで、奥様の地元の、北海道は厚岸町のウイスキーを飲んで、
チーズをつまみに赤ワインで締めた。
帰り際、また来週も伺いますと奥様に言ったような記憶が
あるんだけれど、言ったっけ?
酔っ払って記憶が定かでないのだった。
通りを上がって呉服のゆたかやの前を通ったときに、
ふと思いつく。
夏になると、ときどき浴衣を着て飲み屋に行く。持っているのは
一着だけで、ずいぶん昔に母に買ってもらったものだった。
久しぶりにあつらえようかなと扉を押した。
10年前に上田へ来た際に、たまたま前を通りかかったら、
地元の染色作家さんがたの、紬の展示会を開いていた。
そそられて覗いてみたのだった。
作家さんとお店の従業員のかたにいろいろ尋ねたら、
素人のつたない問いかけに細かく丁寧に答えてくださった。
後日、応対してくれた従業員のかたから、手書きのはがきが届いた。
紬展に来てくださりありがとうございました。
お着物似合いそうです。ぜひ着てくださいねとあり、
着物を買ったわけでもないのに、細やかな気遣いがとても
印象的だった。この日も若い従業員のめりはりのある接客が
気持ち好く、あらためて、ちゃんとした店だなあと感心した。
じつは、飲み仲間の女性が、この店の社長と懇意にしている。
こばやしかおりさんの友だちですと伝えたら、すぐに内線電話で
呼んでくれ、忙しいのにもかかわらず、挨拶に来てくれた。
素晴らしい応対に、あともう少し酔っていたら、
上田紬買いますと言ってしまうところだった。
この夏は、ずっと中止になっていた上田祇園祭が再開されるという。
新しい浴衣で訪れるのが楽しみなことだった。
酔っ払い浴衣の柄にあれこれと。
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