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風薫る季節に。
5月の終わり、世話になっていたかたが亡くなった。
90歳のかたで、昨年から介護施設で暮らしていた。
前日まで、普段と変わりなく元気だったのに、
翌朝体調がおかしくなり、病院に運ばれて間もなく
息を引き取ったという。
母の古い友だちで、70年の付き合いがあった。
母もこの6月で満90歳になった。足腰が
弱くなったものの、頭もしっかりしているし、
食欲もある。ただ、ずいぶんと気性が
弱くなってしまった。美容師として
ばりばり働いていた頃は、感情の起伏がつよく、
気に入らないことがあれば、家族に
すぐ怒鳴り声をあげていた。
こちらが謝るまで、理屈の通らないことでも、
わたしが正しいと言い張って、延々怒鳴っていた。
たまたま訪ねてきた母の知人が、
怒鳴り声をあげているのを見て、
あんなに怖い人だったのかと、以来、
付き合いをやめたほどだった。そんな母が、
70歳のときに大病をしてから、嘘のように
おとなしくなってしまった。
80歳を過ぎてから、さらに弱くなり、
病院へ連れて行ったり、
買い物を頼まれたり、そのたびに、
ありがとう。迷惑かけてごめんねと何度もいう。
6月3日の誕生日に花とケーキを届けたら、
余計なお金を使わせてごめんねと、また謝られた。
昔の気性の荒さがなくなったのは良かったものの、
あまりの弱々しさに切なくなってしまうのだった。
そんな母に、友だちの死を伝えていいものか。
このまま黙っていようか、思案をしている。
翌6月4日、ふたたび花屋へ寄った。
いくつか花を包んでもらい、善光寺の門前を
抜けて行くと、御開帳の参拝客がぞくぞくと
上がっていく。
七味唐辛子の八幡屋磯五郎では、外までお客が
あふれていて、店員さんがあたふたと応対に
追われていた。
人混みを避けて裏道を行き、西町の西方寺に着くと、
ボランティアのおじさんが、参拝客に
寺の説明をしていた。門をくぐって本堂のわきを
過ぎていくと、墓地の隣の幼稚園は、
本日運動会。賑やかな音楽と子供たちの歓声に
気持ちが和む。4年前に亡くなった友だちの命日
なのだった。
墓前にきれいな花が供えてあり、
ご家族が早々にお参りに来たとうかがえる。
一緒に花を供えて手を合わせた。
陽さん、みんなを見守っていてください。
ご家族を見守っていてください。
本堂の、おおきな屋根の彼方の青空に、
ぽっかり雲が浮いている。しばらくすると
ご住職の重々しい読経が聞こえてきた。
門前で蕎麦屋を営んでいた友だちだった。
ときどき思い出していたら、
嬉しいことがあった。
長野駅の新幹線の改札口の広場に、長野市の
観光案内の動画が流れている。
そこに見つけたのだった。
おおきな体をゆさゆさ動かして、せっせと蕎麦を
打っている。昼酒をやりながら、毎度眺めた姿だった。
見るたびに、懐かしく切なく温かいことだった。
薫風や蕎麦打つ後姿かな。