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塩田平のお蔵さんへ。

上田市に塩田平という地区がある。田畑が広がり、ため池が
点在する、のどかな景色の中を上田電鉄の
別所線の二両電車がごとごとと走っている。
そんな塩田平の別所線中野駅のすぐそばに、月吉野を
醸す若林醸造が在る。
上田の友だちに誘われて、新酒の会に参加させていただいた。
コロナ禍になってから、4年ぶりの開催で、他の参加者の
かたがたと、薄暮の中をのんびりと揺られて行った。
跡取り娘の真実さんが杜氏になって7年になるという。
日本酒の需要の低迷がつづき、製造をやめて、
近隣の農家の果物でジュースを作って売っていたという。
御両親が自身の代で廃業するというのを聞いて、
跡を継ぐ決心をした。他のお蔵での修行を終えて、
約50年ぶりに、造りを復活させたのだった。
日を置かず、味の良さが酒徒の間に広まって、すっかり
銘酒の地位を築いている。
コロナ禍で飲食店や観光地での酒の需要が落ち込み、
お蔵さんはどこも苦しい思いをされていた。
お客を迎える若林家のご家族の笑顔を見ていると、
ふたたび集いの場を設けられた嬉しさが伝わってきた。
お父様の挨拶につづいて、真実さんが挨拶をされる。
この4年の間に、お子さんを産んだという。
着物姿の真実さんはあいかわらずおきれいで、
ほのかにおかあさんの貫禄を漂わせていた。
昨年の関東信越鑑評会で優秀賞を受賞した、つきよしの
純米大吟醸で乾杯して、宴が始まった。
用意されたお酒は14種類。
さっそく求めるかたがたが、並んだ一升瓶に群がっていく。
美味しい料理をほおばりながら、順番に味を利いていく。
杯を重ね、小休止に中庭に出て見上げれば、塩田平の広い空を、
薄手の雲が流れていく。窓越しの座敷に目をやれば、盃を手に、
笑顔が弾むみなさんの姿に、酌み交わせることのありがたさを
しみじみ感じるのだった。
酒屋やお蔵さん主催の酒の会は、これまでいくつも参加していて、
たいていどこぞの飲み屋を会場にしている。
こうしてお蔵のお座敷に招いてくれるのは珍しいことだった。
テーブルいっぱいの料理はご家族の手作りという。
蔵元の心からのもてなしに、胸が温かくなったのだった。

雲流る塩田平の冷や酒を。




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