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七尾まで。

石川県の七尾市へ出かけた。新幹線のかがやきで
金沢まで行って、和倉温泉行きの特急に乗り換えて、
七尾駅で降りる。金沢に大学時代の友だちがいて、
七尾で生まれ育ったかただった。その縁で、二十代の頃
一度足を運んだことがあり、それ以来の七尾詣でだった。
駅前からの大きな通りをゆっくり歩いていくと、
人の姿が見当たらず、静かな港町の風情が漂っている。
潮の香りにつられて港まで来ると、すぐそばに、食品会社の
スギヨの社屋が在った。長野県民にとって、昔からスギヨは
縁が深い。
ここのビタミンちくわという商品は、製造量の七割が長野県で
消費されているのだった。正月の地震で被災したときは、
長野からたくさんの応援メッセージが届いたという。
製造を再開出来たときは、スギヨの社員がわざわざ長野の
スーパーまで店頭販売に来てくれた。七尾のちくわなのに
長野県のソールフードなのだった。
海沿いの道の駅の食堂街に、海鮮丼の店が在ったから行って
みたら、あいにく休みでふられた。
開いていたのはラーメン屋と洋食屋だけで、しばし迷って
洋食屋の戸を開けた。能登牛のハンバーグをつまみに、
一番搾りと角ハイボールを飲んで外に出れば、目の前に
穏やかな海が広がっている。地震のとき、この海がどれだけ
荒れたのか想像がつかないのだった。
あてもなく町の中を徘徊していると、屋根や壁にブルーシートが
かかっているお宅や、重機で解体されているお宅をあちこちに
見掛ける。被災したまま手つかずで残っているお宅も在って、
住んでいたかたはもうこの地に戻ってこないかもしれないと、
崩れた家屋に気持ちがふさいだ。駅前のホテルにチェックインを
して、目の前の飲み屋に入る。イカ納豆をつまみに地酒の
ほまれを飲めば、能登の酒の重い味わいがふさいだ気持ちに
染みて来る。
店の女将さんの話を聞けば、能登の観光を担っていた和倉温泉の
復旧がまったく進んでいないというのだった。
みんな生活が懸かっている。女将さんも以前は和倉温泉で
働いていた。とても生活のめどが立たないからと、七尾に
来て、この店に勤めたというのだった。
どうにかならないものかねえ。被災地の様子をわずかばかり
目にしただけで、事態の重さが伝わってきたのだった。

潮香る七尾の秋の静けさや。




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