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好い季節に。

客商売をしている。
ときどきお客さんに物を頂くときがあるのだった。
先日訪ねて来たかたに、一升瓶を頂いた。
前回来られたときに、帰り際に雨が降って来た。
かなり強い降りだったので、車で自宅まで送って
差し上げた。そのお礼とのことだった。
おめでたい名前の日本酒があったからどうかしらと
渡されたのは、奄美の黒糖焼酎の朝日だった。
酒を飲まない人には、日本酒も焼酎も区別がつかない。
でも大丈夫、焼酎も大好きですから。
ありがたく頂戴した。
近所に暮らすおばあさんが、日本酒を抱えてやってきた。
知人にお酒をもらったんだけど、我が家は誰も飲まない
からと持ってきてくれた。
箱を開けてみたら、伏見の月桂冠だった。これまた
ありがたく頂戴した。お礼を述べて話を伺えば、
六月の初めに手術をしたという。ある日、胸に小さな
しこりがあるのに気がついた。不安になって、すぐに
大きな病院で診てもらったところ、乳がんと言われた。
細かい検査をして、他に異常がないか確かめてもらい、
手術を受けたというのだった。
まさか八十八歳で乳がんになるとは思わなかったといい、
なによりも驚いたのは、手術をしたその日のうちに
自宅に帰されたことだった。がんと聞いたときは、
もう私もおしまいと落ち込んで、遺書まで書いて、
手術の当日は、遠くの町に暮らす娘が心配して飛んできた
のに、
手術自体も局部麻酔であっという間に済んで、なんだか
拍子抜けしちゃったという。
まだ初期のがんだったので良かった。担当してくれた
若いお医者も腕が良いかただった。
ほんとに運が良かったわあと笑うのだった。
仕事を終えた夕方、シャワーを浴びて、頂いた月桂冠で
晩酌をした。
いつも小さなお蔵さんの地酒ばかり酌んでいる。
大きなお蔵さんの味はずいぶん久しぶりのことだった。
この頃は、夕方の六時をまわっても、外が明るい。
茶の間の開けた窓から、好い風が入って来る。
下校していく子供たちの笑い声が路地を抜けていき、
近所の男の子は今日もスケボーに夢中で、カッタン
カッタン、ボードの賑やかな音が聞こえてくる。
好い季節だなあ。
のどかな気分で過ごせることが、まことにありがたい
ことだった。

久々の伏見の酒や夕薄暑。



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