文字起こしはハイコンテキストな関係でも必要?
こんにちは!今回は「文字起こし」と「ハイコンテキスト」について、私たちの日常生活や職場での経験を交えながら考えてみました。
ハイコンテキストって何?
一言で言うと、「阿吽の呼吸」のようなもので、例えば、長年一緒にいる夫婦が何も言わずに相手の意図を理解する瞬間、これぞまさにハイコンテキスト。相手の表情や微妙な動きだけで「あ、今晩のおかずは魚に決まったな」なんてわかっちゃう。まるで心が読めるかのように感じるこの現象、実は時間とともに積み重ねられた「共通の背景」に支えられているようです。
でも、このハイコンテキストを文字起こして意味があうか?それは…まぁ、難しいようです。長年連れ添った仲なら「それ分かるよね?」で通じるかもしれないけど、文字起こしする側からすると、理解のない他人同士の会話は「え、これどう書けばいいの?」の連続になってしまします。終身雇用かつ年功序列企業のあるあるかもしれない…。
そこで、文字起こしの向き不向きを自分なりに考えた
文字起こしに向いているのは、「会議」「発表」「諸連絡」といった、誰もが内容を正確に知りたい場面でsy。例えば、次の会議までに誰が何をやるのか、記録を残すのは大事なので。「〇〇さんが明日までに資料を出すって言ったぞ、録音に残ってるからね!」と証拠もバッチリです。
でも、「文字起こしに向いていないもの」もあります。例えば「家族や友人との何気ない会話」。皆さん、友達や家族の間でのちょっとしたおしゃべりを録音して後から聞き直したこと、ありますか?ないですよね。そもそも、そんな会話はその場限りの楽しみです。たとえば、突然「今日のランチ、餃子だった?」なんて聞いてきたおばあちゃんと、「それどこから来たの?」と聞き返す孫のやりとり。これを文字にしても、なんかシュールすぎて笑いどころがわかりません。とはいえハイコンテキスト前提の家族内では特に、勘違いによる喧嘩は絶えないのでなんとかしたい。特に子育て中は…
文字起こしの音を取る習慣、どうやってつけるの?
いざという時に録音しておくと便利だとは分かっているけれど、日常でつい忘れてしまうんですよね。興味を引かれるアプリやツールを試してみたり、記録する便利さを体感することで、少しずつ習慣になっていくはずです。実は今、文字起こしは「nottaさんのサービス」、要約は「OpenAIさんのChatGPT」を使用しています。(月額制で有料だけれども…お小遣いが減るのだけれども…)
「会議で話が終わったらすぐ文字に起こせるなんて、こんなに便利だったのか!」と気付く瞬間を目指して、まずはそこら中の会話を録音してみたいと思います。(当然会話をしている人たちとの関係性を考慮してですが…)
「気持ち」や「熱量」をどう伝える?
さて、ハイコンテキストな会話を文字起こし化して、勘違いを無くし喧嘩をしない、もとい、日本のようなハイコンテキスト単一文化圏の魅力を、どうやって文字化し伝えるか?ここが重要!
「お疲れ様」と言うだけでも、その声のトーンや表情で、ただの挨拶か本当に感謝しているのかが分かります。文字起こしだけだと、これが分からないことも多い。ですから、言葉の強弱や間合いを感じ取ってみるのがコツです。表情がない分、聞き手の想像力も必要です。逆に、「相手がこの瞬間、どれだけの思いを込めていたか」を意識し、起こした文字の間に時間軸を加える事で、感情を読み取れるかもしれません。
また、文字で表現しにくいのが、「生活習慣」や「信仰」についての深い価値観です。文字にしても、伝わりにくいことがあるんですよね。礼儀や礼節は「こうすべき」という教訓だけではなく、実際の行動を通じて染みつくものだから、いくら文字にしても限界があります。「儒教的価値観を文字起こししろ」と言われても、えらく難しいです。
だからこそ、体験や感覚を通して、対話やエピソードで伝えるのがベストです。例えば、伝統的な礼儀について話すなら、実際にその所作や歴史背景を語る方が、文字だけよりもぐっと伝わりやすくなるはずです。
社会問題や格差解消に、文字起こしはどこまで貢献できる?
さて、「文字化」が社会問題にどれだけの影響を与えるか。正直なところ、いくら記録を残しても、それが行動に結びつかなければ意味がありません。でも、問題があることを多くの人に伝えるためには、まずは「文字」という形での記録が大切です。弱者救済や格差是正といった、解決に長い時間を要する課題こそ、継続的な記録と情報の共有が大事なんです。
例えば、社会問題のデータを文字化して報告し、視覚的に伝えることで、問題意識を多くの人に喚起できます。「こんなデータが出てるけど、これってどうなの?」と、考えるきっかけを作ることが文字の力です。
以上、ハイコンテキストな世界での文字起こし方法、いかがだったでしょうか?話している内容の全てが文字に収まるわけではないけれど、時と場合によっては、その一言一言に価値があること、言葉の大きさ、間長さにも意味がある事もわかってきました。AIの進化が止まらないこの世の中、これからも文字の面白さとその限界を探っていきたいと思います!