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「ママが決める転校」「パパが決める進路選択」

「Josh(仮名)ね、学校変わるんやって。お母さん知ってた?」

今となっては少し前の話ですが、ある日の夕食時、娘が急にそう言いました。

「え?Joshって、クラスの?転校するってこと?」

「そう。vakantie(休暇)の後、もう別の学校に行っちゃうって」

「そうなんや。何でなんやろう?」

「学校の成績が良くないんやって。上がらないから?よくわからんけど、皆んなの前で喋ってた。"僕はこの学校好きだけど、ママが決めた"って言ってた。かわいそうやね。ママが全部決めるんかな。うちらの学校から転校しちゃうの寂しそうに見えた…だけやったんかな」

小学校卒業と進路選択

学区制のないオランダでは、小学校も中高一貫校も比較的自由に選択することができます。途中で学校を変えること、いわゆる転校も比較的自由に行えます。そんなオランダのいわゆる「公教育」に属している子どもたちに訪れるのは、小学校卒業時の進路選択。

学区制がないオランダですが、実は中高一貫校の種類が分かれています。小学校卒業時には自分の学力に応じた中高一貫校を選ぶことになっており、大きく分けるとその種類は3種類。

・VMBO(職業的中等教育)4年
・HAVO(一般的中等教育)5年
・VWO(大学準備中等教育)6年

日本の感覚からすると少し違和感を感じますが、VMBOに進学した生徒は日本でイメージするところの「高校1年生」で中高一貫校を卒業するかたちになります。そして、その後「高等教育」と呼ばれる教育課程(MBO)に進学するのですが、そこでおおよそ2年勉強すると、日本の「高校卒業程度」と同じ年齢になり、社会に出て働くことを選べます(その後、さらに先の教育課程に進学しても構いません)。

一方で、VWOに進学するといわゆる「中学3年間」と「高校3年間」としての6年を過ごし、その後大学へと進学していきます。この割合が15〜20%と言われるオランダ。つまり、日本のように6年かけて中等教育を修了する学生たちは全体からすると少し稀なのです。

「学力が上がらない」という保護者の不安

転校することになったJoshの両親はいわゆる高学歴な保護者で、国際結婚の家庭です。少し前から自分の子どもの成績が振るわないことに少し苛立ちを感じていたようで、それについては、これまで話をしていたので多少なりとも知っていました。

そして、今回子どもの学力不振を理由として別の学校に転校することを決めたそうです。クラスのWhatsAppに流れてきたメッセージにもそういったことが書かれていました。「自分の子どもが十分に学力を上げられる状況にない」…きっとそうなのでしょう。でも、私はどうしてもそこに子どもの存在を感じられませんでした。Josh自身が「学力の伸び」について悩んでいるのか…?

2年前に別の国での駐在期間を終えて、オランダへ戻ってきた彼ら家族。最初の頃、Joshは環境の変化に馴染めず、泣きながら学校に登校していました。それでも2年経ってやっと学校に馴染んできたと思っていた頃でした。ちょっと人見知りで内気な彼が、やっと学校に慣れてきたと思いきや「学力が上がらない」という理由で転校を余儀なくされるということ。

「僕はこの学校が好きだけど、ママが決めた」

この言葉を発した時、彼の中にどんな気持ちがあったのかを知るよしはありません。そしてその一言を、保護者はこの先も知らずに生きていくのかもしれません。

「何が何でも我が子をVWOへ」

学力が伸び悩む我が子に不安を感じる保護者…私は現地校に勤務しているのもあって、そういった話をよく耳にします。

私が勤務している現地校にはいわゆる「2ヶ国語で学習すること」に教育的魅力を感じている保護者が多く、それは時に「教育的関心」が高いことを指します。総じて、そういった教育を希望する保護者の学歴は比較的高く、「自分の子どもに最良の教育を」という思いがあるようです。もしくは、「自分の子どもには自分のような思いをさせたくない」というパターンもあります(…とは言っても、学校徴収金がやや高額な勤務校には金銭的に非常に厳しそうな家庭の子どもたちは見受けられません)。

実はオランダの小学校の中にはこの「教育熱心な保護者」に頭を悩ませている学校も少なくありません。「VWO以外は考えられない」そういった保護者は学校にとってやや頭痛であり、そのような保護者の増加や発言が教師の心的ストレスになり、教員が辞職するに至るケースさえ散見されます。

「我が子を思う気持ち」が加速しすぎる時、保護者は教師さえも失うのかもしれない。そんなことを思います。

「VWOに進学しなければ、社会で良い仕事に就くことができないのではないか」

実は、オランダでもそのように考える保護者の数が増えていると言われています。そして、同時にそのストレスは子どもたちにも明らかに及んでいると教師たちは言います。

「無事、VWOへの進学が決定しました」

そんな投稿を見ると、心の奥がキュッと痛むのは私だけでしょうか。教育虐待…を生み出すのは、このような非常に何気ない「子育て」の投稿だったりするのではないか…なんて思うことがあります。発信している人に全くもって悪気はないし、「日常の1ページ」を投稿しているだけに過ぎません。

ただ、とりわけセンシティブな「子どもの学歴」や「進路選択」に関しては、私自身は「それを見た人が何を感じるか」まで想像力を働かせたいと気をつけています。そもそも、こちらの進路選択くらいの年齢になると「子どもの人生」になってくるので、「私の子ども」という感覚から「彼/彼女の人生」として捉え、子離れを始めていきたいなと思っています。

「私は転校したくない」

正直なところ、私は娘が通っている小学校に100%満足しているかと言われると、実はそんなことはありません。職業柄、様々な学校を視察訪問するので、様々な教育モデルを見たりする中で、自分の子どもに合いそうだなと思う教育や学校にも出会ってきました。一方で、子どもの教育において学校が全てであるという風にも考えていません。子どもの成長の根幹は学校ではなく家庭にあると考えています。

娘に、「学校は好き?」と聞けば、「大好き」と答えます。
「何で?」と聞けば、「仲良しの友だちがいっぱいいるから」と言います。

「私は転校したくない」
これが娘のこたえなのです。

それであれば、それを最大限尊重することが私たち保護者にできることだと考えます。実は、「学校が楽しい」と言って通うことは「当たり前」ではありません。そして、「楽しい」と思えることが「安心して学べる」という環境設定の第一歩でもあります。それを自分たちのエゴで奪うことは、本当の意味で「子どもを尊重する」というところからかけ離れると思うのです。

「Joshいなくなるの寂しけど、次の学校も楽しかったら良いな。私は転校したくないから!自分のことは自分で決めたい。自分で決められるから」

この子が大きくなった時、
「両親の言うことを聞いてきて良かった」
という言葉より、
「両親はいつも私が自分で決めることを尊重してくれた」という言葉を聞けるような時間を過ごしたい。

娘の成長に思うことは色々あっても、この子は私たちの所有物ではなく、1人の意志を持った人間であるということを忘れずに過ごしていきたいと感じた日でした。


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三島菜央<🇳🇱オランダ在住/元高等学校教諭>
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