オランダの政治に激震!新リーダーが続出する総選挙に注目
パレスチナの惨状が報道される毎日ですが、ここオランダではもう1つの大きなニュースがメディアを賑わせています。そう、あと2日で(11月22日)総選挙が行われるのです!
今回の総選挙は、7月にマルク・ルッテ首相率いる内閣が崩壊したことによるもの。移民政策を巡って連立政権の中でどうしても合意に達することができず、内閣総辞職となったのです。連立政権はルッテ氏率いる自由民主党(VVD)のほか、キリスト教民主党(CDA)、キリスト教連盟(CU)、民主66党(D66)の4政党から成っておりましたが、中道右派のVVDとCDA、中道左派のCUとD66の間でぱっくりと意見が割れてしまったのでした。これだけ複数の政党が集まると結構大変…。
今回のオランダ総選挙。見どころをざっとご紹介しましょう。
見どころ①:期待の新リーダー
ルッテ氏は過去13年間にわたって首相を務め、オランダ最長記録をつくりましたが、今回の総選挙には出馬せず、国政からの引退を表明しています。で、VVDの新しいリーダーはこの人!Dilan Yeşilgöz-Zegerius(ディラン・イェシルゴズ=ゼゲリウス)!
トルコ系オランダ人46歳。父親が政治難民としてトルコからオランダに移民した後、母と妹とオランダに移住してきたという。移民のバックグラウンドを持ち、女性で、若い。そして、法務大臣としてオランダの安全やマイノリティのアイデンティティ保守になどに取り組んできた。フレッシュで、エネルギッシュで、今っぽいリーダーとして期待が高まっている。しかし……名前が難しすぎる!
VVDの基本はさほど変わらず。彼らは「事業主の政党」と言われており、経済成長を重視しています。VVDがこれまでのように第1党になれば、この人が首相になるでしょう。その場合はみんなで練習しなければなりません。イェシルゴズ首相、イェシルゴズ首相…。
しかし、オランダにはもう1人、首相候補として騒がれている期待の星が出てきました。Pieter Omtzigt(ピーター・オムジヒト)氏です。彼はもともとCDA(キリスト教民主党)の党員でしたが、このたび新党「新社会契約党(NSC)」を結成して颯爽と現れました。彼は、ルッテ政権が起こした「児童手当事件」を鋭く世間に暴いたことから「庶民の味方」とみられています。
この児童手当事件は、「詐欺師」とされた2万5000世帯の人々が児童手当をもらえなくなったり、以前に受給した補助金を一気に返済しろと税務署から請求されたりしたというもので、家庭崩壊や自殺にまで追い込まれたケースもあったのです。さらに、この事件は被害者の多くが移民系であったことから、人種差別問題にも発展しました。オムジヒト氏はこうした人たちの声に耳を傾け、立ち上がったヒーローとしてのイメージが強い。
彼は、長すぎたルッテ政権を通じて「首相の権限が強くなりすぎた」と批判しており、首相の役割についても新たに考え直さなければならないと主張します。では、彼は新党NSCが第1党に選ばれた場合、首相になる意思があるのでしょうか?彼はこれまでずっとはっきりした意見を述べていなかったのですが、選挙直前の昨日(19日)に「NSCが最大政党になった場合は首相になる準備がある」と発言しました。彼は首相官邸のあるハーグ市からは程遠い、東部エンスヘデに家族6人で住んでいるそう。娘が4人もいるそうで、首相になったら父ちゃん、忙しくなるなあ。
彼のNSCは新党でありながらもかなり人気が高く、11月第1週に行われた世論調査でもVVDを差し置いて第1党となっています。政策的には留学生を含む移民の数を年間5万人に制限するなど、移民政策に関しては右寄り、年金や保険などの経済問題に関しては左寄り。果たして「正義の味方ピーター」は、人々の期待に応えられるのでしょうか?乞うご期待!
さて、中道右派が勢力を伸ばす中で、左派政党も負けてはならぬ…ということで、今回はメジャー左派2党が手を組み、「緑の党(GroenLinks)ー労働党(PvdA)」としてこの選挙を戦っています。代表はFrans Timmermans(フランス・ティマーマンス)氏。急進的な左派政党なので、リーダーは移民系とかLGPBQの人が良かったような気がしますが、それをオランダ人の友人に話したら、「でも、彼はそれ(白人男性であること)を選べないよね」と言われました。おーっと、私は知らず知らずのうちに白人のおっさんを差別していたのだった…いかん!
彼は欧州議会で過去4年にわたって委員長を務めたほか、2012-14年にはオランダの外務大臣を務めた経験があるため、国際経験が豊富。さらに、欧州議会では2050年までに欧州がCO2ニュートラルを目指すという環境政策「グリーンディール」をまとめており、「ミスター・サステイナブル」のイメージが強い。
トップ5党首による討論会では、彼だけが原発反対を訴え、環境派として強い印象を残しました。彼はオランダ人の好きな「Samenwerken(協力)」において、チームを一つにまとめる力量に定評があります。急進左派でありながら、VVDとの連立政権の可能性も完全に排除してはいません。
見どころ②:住宅、介護、環境、農業、移民、貧困……争点がいっぱい!
これまでの総選挙の争点を振り返ると、2017年は「財政赤字削減」、2021年は「移民問題」という具合に焦点が1点に絞られていました。しかし、今回は住宅不足、老齢化に伴う介護要員や資金の不足、移民問題、物価高騰、環境問題と農業の持続……などなど、問題は山積み。政策議論も多岐にわたっています。
住宅が足りない!
中でも大きく取り上げられているのは、住宅問題です。現在、オランダで賃貸を含む家を探している人は43万7000世帯に上りますが、供給は4万7000戸。実に39万戸が足りない状況になっており、この需給バランスの悪さは住宅価格の高騰という形で表れています。現在の住宅の平均価格はなんと40万7000ユーロ(約6500万円)!これはあくまでも平均なので、人気の都市部では億を超える住宅もゴロゴロあるわけです。
住宅の賃貸料ももちろん上がっています。親元を離れて一人暮らしをする大学生などは、手ごろなアパートが見つからないので、遠くても実家から通っている人が非常に多い。一方、子どもが巣立って大きな家で一人暮らしをしている高齢者は、家を売って小さなアパートに引っ越したいと思っているが、そういう人も適当なアパートが見つからない。住宅市場は膠着状態にあるのです。
それではもっとじゃんじゃんアパートを建てればいいじゃない!という議論になるわけですが、昨今の物価高と環境問題の高まりが建設現場を停滞させています。
VVDや農民市民運動党(BBB)などは住宅建設を加速させるため、規制を緩和する方向を提案。さらに、極右政党の自由党(PVV)や人気新党のNSCからは「外国からの移民を受け入れるから住宅が足りなくなるのだ!」との観点から、移民の流入を制限する声が上がっています。一方、中道左派政党のD66は都市部にサステイナブルな高層アパートを増やすことを提言。GroenLinks-PvdAもサステイナブル重視で、公営住宅を増やす政策を掲げています。
介護が受けられない!
介護問題も争点です。オランダも人口の老齢化が進んできており、現在、60歳以上の割合は全人口の20%。日本の人口高齢化よりはまだマイルドですが、それでも過去10年でこの割合は2倍に増えました。医療コストも2021年は710億ユーロ(約11兆5900億円)だったのが、2023年には880億ユーロ(14兆3700億円)に増大する見込み。2025年には1030億ユーロ(16兆8200億円)に膨れ上がると予想されています。
介護人材も足りません。そのため、介護を受けられない人が続出しており、主に家族がそれを負担しているのが現状です。オランダ人で非正規に介護に当たっている人は500万人といわれています。
左派政党の社会党(SP)は、「介護を市場にゆだねた結果だ」と現政権を厳しく批判しています。過度に民営化された介護システムでは、保険会社が市場を牛耳っている。彼らは介護を国の手に戻し、公的介護施設を各地に作って、そこに介護の必要な人を受け入れるべきだと主張。そうすることによって、必要な人に介護が行きわたるだけでなく、高齢者が住んでいた家が若い世代に引き継がれることで住宅問題の一部解決にもつながると考えています。
BBBやPVVも、保険会社による介護市場の占拠が余計な事務作業を増やしているとして、それが結果的に介護員の不足にもつながっていると指摘しています。介護については今後、行き過ぎた市場主義が是正されることになるかもしれません。若い人たちの間でも、親世代やおじいちゃん、おばあちゃんが年を取って介護が受けられないケースが身近に増えてきているため、この問題は世代を超えて感心が高まっています。
農家を救うか、地球を救うか
そして環境問題。オランダは国土の面積が九州ほどの小さな国ですが、農産物の輸出額ではアメリカに次ぐ世界2位という驚異的な業績を誇ってきました。肉類もその業績の大きな一端を担っています。これまで大きな農家から零細農家まで、イケイケドンドンで牛やブタを増やして事業を拡大してきました。
しかし、ここ数年は牛や豚の糞尿が出す窒素が環境に与える負荷が問題視されるようになり、政府はこれまでのイケイケドンドン政策をいきなり方向転換。2030年までに窒素排出量を現在の半分に減らすという目標の下、農家に対していきなり厳しい環境基準を課しました。窒素排出量を期日までに削減できない零細農家は大規模農家などへの「身売り」を推奨されており、昨年あたりから農家による大規模なデモが頻発していました。
そして今年3月の地方選挙で圧勝したのがBBB(農民市民運動党)です。キャロライン・ファンデル・プラース氏率いる同党は、「農家の味方」として、大躍進したのでした。窒素排出量を2030年までに半減させるという急激な政策転換に異を唱え、もっと農家に時間的猶予を与える政策を提示しています。
今回の総選挙でも事前調査でBBBは上位5位に入っていますが、一部の票は新党NSCに流れると見られています。両党は政策的には似ている部分が多いので、ファンデル・プラース氏はすでに「連立政権でピーター(オムジヒト氏)と組みたい」と明言しています。
右か左か…ゆれるオランダ
総選挙もあと2日。新党が躍進するのか、VVDが最大数を維持できるのか、かなり注目されます。しかし、アメリカやイギリスの選挙と違って、ここで今後の政策が右になるのか左になるのかがよく分からないのがオランダ政治の複雑なところです。1党や2党では過半数の議席に達しないので、3党も4党も寄り集まって連立政権を作らなければならないからです。
右寄り政党のVVD、NSC、BBB、CDAあたりが組むことになるのか?極右政党のPVVはそこに入れてもらえるのか?左翼政党のGroenLinks-PvdAが躍進すれば、D66やSPと組むことになるのか?はたまた左右混合の中道政権が生まれるのか…?
今回の選挙に出馬するのは26政党。前回の37政党よりは減りましたが、こんなにたくさんの政党の政策をチェックして選ぶのは至難の業。そこで、オランダでは「Stem Wijzer(投票案内)」という便利なアプリがあります。「ガソリン、ガス、ディーゼル油の消費税を下げるべきだ」「文化や芸術に関する授業に対して、政府はより多くの資金を学校に支給するべきだ」「オランダにはもっと原子力発電所が必要だ」などという質問30問に「賛成」「反対」「どちらでもない」で答えていくと、最後に自分の意見に合う順番で政党をランク付けしてくれる。
試しにやってみたところ、私の意見に合った政党は「緑の党―労働党」と「D66」と「Splinter」という知らないが上位3位となった。環境問題を重視しているので納得の結果である。しかし、私はオランダ国民ではないので、市議会以外の選挙権はなし…残念!でもオランダに暮らす1住民として、今回の選挙結果を見守りたい。
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