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アメリカの女性教授に聞いた医師のダイバーシティと卒後教育

他分野の勉強会に行った〜実は違う目的で

先日、「神経眼科」のセミナーに参加しないか、と友人から誘われました。

実は、私は同じ眼科でも神経眼科はかなり縁遠くて、流石に普通の診察に必要な基本的なことは知っているものの、普段学会で神経眼科のセッションに行ったり、研究会に出たりすることはほとんどありません。いつもと違う分野のセミナーに行くのは、なかなかアウェイ感が満載です。

ただ、今回友人が私に声をかけてくれたのは、このセミナーにアメリカの日系の神経放射線科の女性教授(以下N教授)が特別講演にいらっしゃることになっていたからです。友人はアメリカ留学経験があり、留学中にN教授と知り合いになり、親交を深めたそうです。N教授はとてもアクティブで学術的にも素晴らしく、そして何よりもアメリカの女性医師のサポートにもエネルギーを注いでいらっしゃる、ということで「きっと何か得られるから!」と誘ってくれたのでした。

というわけで、珍しく普段と違う分野の勉強会に参加してみました。

ご講演と朝食会場での会話

セミナーは一泊二日でした。1日目、一般演題のあとでN教授の特別講演がありました。超臨床的な内容で、眼の疾患の画像診断について基本的なことから様々な症例のことまで、かなり系統的、かつ網羅的なお話しでした。眼科は直接診て診断できる疾患が多いのですが、たまに眼の後ろ側や眼球の周りの疾患、時には視神経やその奥の脳まで繋がってくるような疾患に関しては、CTやMRIといった画像診断が必要になります。でも、正直いって卒業してから画像診断について系統的に学ぶ機会は少なく、一方で技術の進歩はすごいので、知らないことがたくさんになってきています。(他分野の研究会に行かないからだろう!というツッコミはさておき)

なので、知識の整理兼アップデートという意味でも、非常に勉強になるご講演内容でした。

さて、2日目の朝、朝食会場でビュッフェ式の朝食を選んでいるとN教授が食堂にいらっしゃって、同じテーブルに相席で案内され、直接ざっくばらんにお話をお伺いする機会に恵まれました。私の他にも2名、セミナーに参加していた女性医師の先生が同席し、日米の様々な違いについて、お話をお聞きすることができました。その内容が、とても印象的だったので、以下に書いておきます。


N教授はアメリカの女性医師のサポートをされているそうですが、どんな活動をしているのですか?

大学がメンターシップ制度を取り入れていて、それで自分の担当になった若手の女性教員の相談にのったりしています。また、他の先生のメンティーでも何か解決できない悩みがある人などは、違うメンターに相談が来ることがあって、それもサポートしています。

アメリカの女性医師の割合はどのぐらいですか? また働き方や収入に関してはどうですか?

私が所属する大学では52%です。アメリカでも20年ぐらい前は医学部に女性は少なかったし、同じ仕事をしていてもお給料が男性より明らかに少なかったんです。私が所属している大学は、たまたまそれ以前から職員の年収を公開していました。それで見ても、明らかに女性の方が男性より低いというデータが出てしまったいたんです。それでも当時の女性教授たちは、それに慣れてしまっていたので誰も声を上げていなかったの。
でも、ちょうど20年ぐらい前に、新しく教授になったぐらいの世代の女性たちが、これはおかしい、と言ってみんなで立ち上がって声を上げたんです。その時は、みんなで弁護士を雇って、戦ったんですよ。そして、男性でも女性でも人種が違っても、仕事の成果が同じなら報酬も同じにするという仕組みを勝ち取ったんですよ。
評価は、何時間働いたとかじゃなくて、これだけ臨床をする、論文を出す、教育をする、というのに対してどのぐらいの成果を出したかで行います。そこははっきりしています。そして、勤務時間は、例えば8時間働くのであれば、7時から15時まで働く人、13時から21時まで働く人、15時から23時まで働く人という具合に、各人の希望に応じて選ぶようになっています。子育てをしていたりして8時間働けない人はもっと短くすることもできます。それをちゃんとマネージする人がいます。
そして、働く時間が短いからという理由で、昇格や昇給や待遇に差をつけることはしないというルールになっています。あくまで成果で評価されるんです。

働く時間が短い人がいると、長く働ける人から文句が出たりしませんか? 

それはないですね。もちろんたくさん子供がいる人は早く帰らなくてはならないし、そういう時は子供のいない人がカバーすることもあるけど、それは文句は出ないですね。

残業代を払うなど、お金で解決している部分もあるのですか?

そうですね。

シフトで働いている場合、全員参加が必要な会議などは、いつするのですか?

会議なんかは、参加する人たちにあらかじめ「いつなら参加できますか?」って聞いて、みんなが参加できる時間に設定するんです。自分はこの時間なら参加できますって回答しているわけだから、参加する側もちゃんとその時間は空けるように、例えば外来の予約は入れないようにするとか、工夫しなくちゃいけないですよ。

20年前に女性医師が立ち上がった当時、女性医師の割合はどのぐらいでしたか?

当時は4割ぐらいでしたね。今は当時より増えましたね。しかも、私の大学は20年勤めると年金が出るから、みんな辞めないですよ。
私の大学では、定年というのもあまりなくて、何歳まででも働ける人は働いてもいいの。例えば、何年か前まで主任教授だったある女性の先生は、60歳ぐらいでトップの地位は次の若い人に譲ったけど、その後もずっと働いていました。

子育てで短時間勤務とかをしても、仕事と家庭の両立が大変でモチベーションが落ちてしまったりする人はいませんか? 

いますね。でも、面白いことに仕事のほかに子供の世話や家事をしなくてはならなくて、忙しくなりすぎて仕事を辞めたくなっちゃう人は、女性より男性に多いような気がします。そういう人は、奥さんが外科医とかで、「僕が家のことをするよ」って言っているうちに仕事のモチベーションが落ちてしまうみたいですね。

日本では、子供を持つとなんとなく難しい仕事から外されたり、学ぶ機会が減るということもありがちですが、アメリカではどうですか?

アメリカも少し前までは、白人男性は明らかに高い職位についてお給料も良いのが常識でした。でも、今はそれはいけない、ということで、できるだけ平等になるように、とみんなが心がけるようになってきた感じです。本当に、この20年でだいぶん変わりましたよ。

卒後教育についてはどうですか? 学部を卒業した後も、標準的な知識を維持できるような仕組みはありますか?

以前は10年に一度ぐらい専門分野の試験があったんです。でも、この5年ぐらいは試験じゃなくて、毎日3問ぐらい問題が送られてきて、それにちゃんと回答しているか、正答率はどうかなどを評価したりする仕組みが導入されています。 
またバーチャルリアリティを使った教育もありますよ。放射線科医だと、患者さんがCT検査を受けるVRがあって、検査中に血圧が下がったという設定で、アバターの看護師さんが3つぐらい点滴を持ってきて「どれにしますか?」って聞いてきたりするのよ。それで、一つを選んで間違えると「もっと血圧下がりました。どうしますか?」って聞かれたりするの。バーチャルだってわかってるけど、臨場感ありますよ。
それから、脳の構造を立体的に理解するために、自分が脳の中に入った想定で360°見渡せるようなVRがあったりします。まさに「ミクロの決死隊」みたいで、やってみると面白いのよ。

個人的な感想

あっという間にコーヒーを飲みながら1時間ぐらい、いろんなお話を聞かせていただけました。

思ったことは、まず、やっぱりアメリカは日本より進んでいる面が多いな、ということです。もちろん全てが理想通りなわけではないと思うけど、変えた方が良いと思った人が行動し、そして行動している人の主張に耳を傾けて、不平等をなくしていこうとするカルチャーが日本よりあるのかな、という印象を改めて受けました。

2002年に女性医師たちが立ち上がって声を上げたというのも羨ましく感じましたが、その当時の女性医師割合が4割だったというのも大きなポイントのような気がします。4割の人が残りの6割より明らかに収入が少なければ、それはインパクトが大きいでしょう。そして、それだけが理由ではないでしょうが、給与面の不公平を是正した後、女性割合が5割まで上昇しているとのことです。

一方、現在日本の女性医師割合は全年代でカウントすると約2割です。医師国家試験の合格者の中の女性の比率は、ここ15年ぐらいずっと3割強で止まっています。ということは、このまま何も対策を取らずに30年経っても3割を超えることはないということです。日本がいつか変わる日は来るんでしょうか?

また、就労時間の話もよく考えるとなかなか深いと思います。つまり7時から15時まで働く人と、15時から23時まで働く人がいるということは、病院は7時から23時まで機能しているということですが(場合によっては外来もかなり長時間開いているのかも?)、そうやってサービスを受ける人たち(患者さん)の利便性は落とさず、働く側にしわ寄せが来るのも避けるシステムになっているということかと思います。日本の病院でも、医師以外の職種はほとんどシフト制になっているわけですが、医師に関しては何時間でも働くものという前提でシステムが作られています。でも、そもそもそれって無理ですよね? 人間はサイボーグじゃないので。

大切なことは、別に女性だけとか、マイノリティだけをサポートをすることではないということです。全員が無理なく、慢性睡眠不足で健康を損なったりメンタルを病んだりせずに働けるように工夫することだと思います。いや、そんな理想論無理でしょ、と言わないでほしい。もっと真剣に考えればいくらでも方法があるんじゃないのか、といつもながら思います。

バーチャルリアリティを使った卒後教育や、毎日問題を送る仕組みは良さそうに聞こえるけど、導入までのハードルは高いんだろうな、とも思いました。私も大学病院にいた頃、専門医試験の問題を作る仕事を担当したことがありますが、ほんの数問作るだけでもかなり面倒だった記憶があります。こういうところに果敢に進んでいくのもすごいな、と思いました。

あとがき

今回のメモは、個人的に一人の先生だけからお聞きした話なので、聞き間違えている部分や、アメリカ全体のことと違うよ、という部分もあるかもしれません。そこはご容赦ください。

そして、セミナー2日目に、さらに印象的な出来事があったので、次回はそれについて書きたいと思います。












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