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なぜ僕がこうなったのかについての2、3の理由(5)

 【二月二三日 そうだ、そうなんだよ!今日、立ち読みした雑誌の中であの批評家が言っていたように、「小説を相対化できるのは死のみ」なんだよ。こういう言葉を待ってたんだ。もっと俺に教えてくれ、世の中の真実を。うそを。からくりを。小説のヒントを得た気がする。真実を垣間見た。】
 今読むと意味不明である。真実という言葉を連発しているが、どんな意味で使われているのかすら、見当もつかない。ほんの数ヶ月前のことなのに、昔の自分が別人のようにかしこく見える。いろんなこと考えてたんだな、俺。
 【六月一四日 全く以てつまらない。この日常。いたたまれなくなるほどの退屈。これは何だ?なんなんだ?退屈とは?暴れたい】
 すでに小説を書くことを忘れているようだ。梅雨時のうっぷんがたまっているらしきこのメモは、割と最近のものだ。つい3、4ヶ月前のことだが、あらためて大きく納得。暴れたいとは今は思わないが、いたたまれなくなることはしばしばだ。朝の混雑した電車で、前に立った女の髪の毛が鼻の穴をくすぐるとき。苦手なタイプの友達が学食で隣の席になり、彼に起こったささいな事件をえんえんと実況中継されたとき。コンビニのレジで店員があっためたはずの惣菜を実はあたため忘れて袋に入れてよこしたのを帰宅するまで気づかなかったとき。こんな日常の瑣末なことにいちいち腹を立ててる僕はやっぱり退屈なんだろうか。
 

 もしかしてこんな生活の中のちいさな立腹事件を書き並べていったら、一冊の本が編めるんじゃないかと期待で胸がふくらんだ。しかしすぐに萎えた。そんな内容じゃ箇条書きにしかならない。日記と大差ないじゃないか。 
 どうしたらいいか思案にふけりながら、ぼんやりした頭でコーヒーを一杯追加注文した。2分後、灰色のカフェエプロンをした女の子がほかほかのホットを届けてくれた。束ねた茶髪がシャギーのせいで細くまとまり、カーキ色に太い英文字が書かれたTシャツ、右ひざがうるさくない程度に破れたジーンズ、それらすべてが彼女に大変よく似合っていた。目のあたりがすこし、グラビアアイドルのBBに似ている。
 「お待たせいたしました」
 僕はアイラインがたっぷりまぶされた彼女のまぶたを追い、彼女はかちゃんとカップを置いたとき、僕の目を盗み見た。
 BBが去る後ろ姿を追うついでに窓の外を見た。新宿の極端に狭い空は真っ黒い墨がすみずみまでしみわたっていた。
「BBに似てるな。かわいいなあ。べべ」
 誰にも聞こえない声で口にしながら、彼女が他の客の注文を取るところを眺めた。すると、普段はあまり感じることのないじんわりとした痛みが、心のなかにわいて来た。痛みは伸びた爪で引っかかれたあとのミミズばれみたいに、じんじんと熱を帯びていった。
 ここは意外にいい喫茶店だ、またぜひ来よう。BBに会いに。

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