いちごみるく(8)
Yさんはわたしが入ったころ、二十代半ばくらいだったと思うけど、すでに店では店長に次ぐ№2になっていた。わたしはYさんの下につくアシスタントとして四六時中そばにくっついていた。Yさんはズッカの服を着て、店で流す音楽の選曲も担当していた。店の中にはわたしの聴いたこともないような音楽が流れて、Yさんにこれは誰の曲ですか?とたずねると、それはねダブというんだよ、と言ってCDを貸してくれたりもした。仕事するとき二人の息はぴったりだったけど、わたしは彼が同性愛者であることは辞める直前まで知らなかった。なるほどわたしのカマにかからないわけだ。周りの人は、あえてわたしにはそれを知らせなかったのかもしれない。Yさんのそばで生殺し状態でいることに耐えきれず、入店して一年半ほどして、わたしはその店を辞めた。
美容院を辞めてから、いろいろバイトをした。デパート地下で試食販売、交通整理の警備員、バニーガール姿でウエイトレスとか。どれも日払いや週払いの短いものだった。結局、わたしは今の割烹料理屋に落ち着いた。夕方、着物を着付けてもらうために仕度部屋に入る。おかあさんと呼ばれるおばさんに着付けをしてもらう。着物を着るのは好きなほうだ。胸が小さくてくびれがあまり無いわたしは着物がよく似合うと言われた。それからカツラをかぶるために鏡の前に座る。二年もいればかなり古株なわたしだが、先輩のおねえさんも何人かいるから、鏡の端のほうにピンク頭を映し出す。遠慮は大事だ。
仕度部屋にはさまざまな生活を抱えていそうな女の人が群がっている。年齢もいろいろだ。座敷に出る前はバタバタしているから、世間話やおしゃべりはほとんどしないけど、帰り道に一緒になる人とは割と話したりする。あきちゃんは、わたしが入って間もない頃、仕度部屋を出るときに声をかけてきた子だ。
仕事以外では絶対に自分から話しかけないわたしだけど、あきちゃんとは自然と話が弾んだ。彼女とわたしは誕生日が五日しか違わなくて、同じ星座で、同じ干支で、血液型は違っていたけど、家も同じ方向だったし、共通の話題が多かったから、すぐに仲良くなれた。
仕事が終わるとわたし達は日比谷線に乗って帰る。わたしは中目黒に住んでいて、あきちゃんは恵比寿に住んでいた。彼女は実家に住み、家業は酒屋だった。恵比寿には三代より前からそこに住んでいる、と言っていた。東銀座駅から銀座和光方面に少し歩くと、何軒かお茶するところはあったから、あきちゃんと寄り道するときは適当な店に入った。なかでもお気に入りは「ドナウ」だった。薄汚い映画館の角を曲がり、キーコーヒーの青い看板が見えたら、そこがうらぶれた喫茶店「ドナウ」だった。日替わりの自家製ケーキが自慢の店で、仕事が終わると甘いものを無性に食べたくなるわたしはそれをよく注文した。