新宿L/R ~リキッドルーム、壁、落書き(5)
俺も一緒に笑ったが、とってつけたようなぎこちない笑い声になってしまった。和雪なら手を出しかねないと思ったからだ。察知したのか、和雪はも一杯、と言ってスミノフのビンをよこしてくれた。そういうこいつの彼女だってかなりの上玉ってやつである。一度彼女の働くセレクトショップに買い物に行って会ったことがあるが、当時ひとりだった俺は相当うらやましく思ったのだった。和雪にはもったいないような美人だったが、まめな男である和雪はもてるのだ。お前の彼女だってかわいいじゃないか、と俺が突っ込むと、うんまあね、でもさあ最近セックスレスなんだ、彼女、浮気してんのかな?別にどちらが拒むというわけでもなく、何となくお互い求めるきっかけがないんだよね、そんな生活が普通になってきちゃってて。彼女はともかくお前はどうなんだよ、浮気してんじゃねえの、と和雪に問い詰めると、きっぱり否定してきた。そんな暇ないよ、今、仕事が人手足りなくて、家に帰れば疲れて寝るだけになってるんだ。和雪は店のスタッフのなかではベテランである。バイトを雇うけど出入りの激しいこの業界のこと、長く続く奴はあまりいないのだと愚痴を言った。俺は和雪たちは遅かれ早かれ別れるだろうと予測した。もちろん別れてほしくはないし、あの彼女を泣かせる和雪など見たくもないが、どうしたって離れるだろうというニュアンスが和雪の口調から汲み取れた。つまり和雪は別れたがっているのだ。
彼女がなかなか帰ってこないので、トイレで具合が悪くなっていやしないかと心配になったが、もうすこし待ってみることにした。カウンターを離れてラウンジフロアを見てまわると、出番を終えたDJが客に混じって談笑していたり、壁には繁華街によくあるギャラリーで売っていそうな安っぽいレプリカの絵や、これから予定されているイベントやパーティーのフライヤー、チラシ類がコルクボードに貼られていたりする。一枚のフライヤーを取って読んでいたら、それ興味ある?と声をかけられた。いやない、と言ってさっさとその場を離れようとしたのだが、顔を見ると高校時代の先輩によく似ている男だった。和雪が誘ったのかもしれないと思ったし、面影が残っている程度とはいえ他人のそら似にしては似すぎていると思い、テクノミュージックがどうの、レイヴがどうの、ここのハコがどうの、とよくしゃべる合間を縫って聞いてみた。高校名を告げると、ああ、ああ、そうなんだ、君そうなの?俺、君のことおぼえてないやごめん、それで、どう、このパーティ?一方的に話を元に戻されてしまい、とりつく島のない俺はフライヤーをしこたま握らされることになった。とべるから!すごくとべるから!そう連呼していた先輩は動作が少々緩慢で、目の焦点はいまいち合っていないようだった。これからこの店にくるときは、先輩に見つからないように気をつけようと思う。