新宿L/R ~和雪の場合(5)
彼女は最近何をして過ごしてるのか、考えてみたら和雪は何も知らない。知らないことにも気づかなかったくらいだ。我ながら愛情の目盛りみたいなものの低さを痛感してしまうのだが、今朝はメールを入れておいたのだ。嫌いになったわけじゃない。しかし最近彼女が何をして過ごしているか知らないということは、例えば彼女が浮気をしててもこっちは知らないでいるということであり、それはそれで和雪のプライドを傷つけるのに十分過ぎるくらい十分なのだった。そう考えると早目にメール返信が欲しくなり、舌打ちのひとつも自然に出てしまうのだが、今夜は何しろウタイだ。密かに、あるいは公にも今夜のウタイを大変楽しみにしてきたのであり、もちろんカウンターで間接的に聞くしかないのだが、フロアの客のうねりはいやおうなしに伝わってくるものだし、最近導入したフロアモニターをカウンターへつなげているのでウタイの音と姿はカウンターにいながらにして実は体験できるのである。やったね。よっしゃ。今日は楽しくなる。そう自分に言い聞かせて、和雪は彼女にまつわるわずらわしさをどこかへポーンと飛ばしてやった。
まるで真珠を顔のまわりにちりばめたような女の子だと和雪は思った。笑ってしまうほどありがちな例えだが、宝塚歌劇団の花形女優で男役で公演後はファンが沿道に列を作ってそうな、派手な存在感のある子だった。隆文が新宿L/Rに現れるのは久しぶりだったから、その間に彼女ができていても何の文句もない。だがこれは不意打ちだった。何しろ和雪は隆文がしのぶをカウンターに連れてきて紹介したときから、気になってしょうがない。しのぶがそこにいて自分に話しかけてくるときの幸福感といったらないのだ。しかし同時に彼女からは、とてつもない棘(とげ)も感じるのだった。しのぶは和雪にしきりに話しかけてくる。ウタイのことについて、クラブでの仕事について、サッカーのことについて、畳み掛けるように矢継ぎ早に質問攻めにしてくるのだ。そのひとつひとつの言葉を発する口の動きと形が、グロスで光った小さいジェリービーンズを思い出させて、思わず口で吸ってしまいたくなるのだった。
隆文に確認すると1年前に駅の改札で拾ったという。それよりお前は彼女どうなんだよ?と聞かれてうまくいってる、と答えたがそれよりうまく現状を表す言葉が思いつかなかった。うまくいってるんだろうと自分でも思う。喧嘩をしているわけでもないし、冷戦状態というわけでもない。表面的には心から尊重しあい、信頼しあっているように思える。だけど、それだけなんだということに和雪はやっと気がついて、これまでの居心地の悪い思いがはっきりと理解されたように感じた。隆文にたずねられて初めて気づくなんて自分もどれだけ鈍感なんだとあきれたが、のどの奥につっかえていた生ぬるく温まったスライムみたいなものがするん、と下がってスッキリしてくのだった。ただし、隆文にたずねられて初めてというより、しのぶに会って初めて、といったほうが極めて正確であることは和雪も重々承知している。