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いちごみるく(4)

 喫茶「ドナウ」の自家製チーズケーキはわたしの大好物だ。ブラックコーヒーがあればなお良い。「主な収入源」たるもう一方のバイトは終わるのが遅く、深夜近くにバイト先を出てから、同僚のあきちゃんと一緒にくだらない話をしながら食べる。
 

「ドナウ」の外は雨が霧のように降っている。煙った空気が人の鼻をくすぐりながら漂い、初秋の雨は街のアスファルトの熱を冷まし、ビルの非常階段をにぶい灰色にしっとりと染めていく。これから始まる季節は夏の浮かれた暑さもなければ春のときめく胸騒ぎもなく、見慣れた街の端々をすみやかに輪郭づけていく勢いに満ちている。東京近郊で生まれ育って国内旅行もそれほどしたことがなく、ましてや海外旅行なんて未経験だから、肌で感じたことのある街並みなんて幾つもないはずなのに、いつか写真で見たのかな、雨に濡れて昼なのに薄暗い灰色の街がとても好きだ。決して晴れてはいない、とても寒そうな、通行人がみなコートの襟を立てて白い息を吐くような街が好き。

 たぶん特定の街を意味してないんだと思う、わたしの頭の中で勝手にデフォルメされたイメージとしての街、いつか観たヴィム・ヴェンダースの映画「ベルリン・天使の詩」に出てくる街、あるいは山陰の工業地帯にある鉄パイプで覆われた廃工場が雨に打たれて水蒸気を立てるような風景。どうして好きなのか自分でもわからない。というよりなぜ好きかなんて考えたことがない。わたしの出身地は千葉県で東京に働きに行くサラリーマンが多く住む住宅街で、どこにでもあるありふれた景色しかないから、はっきりした特定の景色が懐かしいというわけじゃないと思う。

 わたしは今あきちゃんとのおしゃべりに忙しい。
 「今日の客は爺ィばっかで」
 「髪の毛に加齢臭、移ってない?」
 「それよりおかみさんの今日のはしゃぎっぷりは何?」
 「最近、上客が増えたのよ」
 「忘年会シーズンに向けて張り切ってるわけだ」
 「それにしては給料上がんないよね」
 「むかつくから給料のことは考えないようにしてるけど」
 「どうにもなんないしね」
 「昼間のバイトよりはここのほうが実入りがいいし」
 「これも人生ってやつかね」
 バイトに関する愚痴の締めくくりは必ず「これも人生だよね」のひとことで終わる。少しの笑いが起きて、納得した気分になれるから不思議だ。今日も帰宅は深夜の一時近くだった。
 身のまわり一切をちゃらにしなくてはいけない、そう思い続けてわたしは毎日を過ごしている。

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