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なぜ僕がこうなったのかについての2、3の理由(21)

 創作演習の課題はまだ何もできていない。何を書くかも決めていない。
たとえば、僕の身の上話を書くと決めたとする。だが、面白い小説になるとは思えない。最初からそんなことを思っている話が書けるわけがない。だから面白い小説になるとは到底思えない、だから・・・・・・最近、こればっかりだ。僕の頭のなかはこればかりが空回りしている。書けるわけがない。いったい、どうなっちまってんだ。
結局、何もしたくないんだろうと思う。何もしない。何も動かない。最近、友達と遊びに行くことさえも、めんどくさくなりつつある。

 Mがアメリカへ留学することに決まった。大学の奨学金選考にパスしたと、学内掲示板にMの名前が貼り出された。僕はそんな試験を受ける話など聞いてもいなかったから、さっそくMの携帯にメールして、大学生協2階のカフェテリアに呼び出した。
 だって落ちたら恥ずかしいじゃん、というのが秘密にしていた理由だった。そんなに小心で留学できるのか?と言いたくなったが、僕はそれ以上に小心で留学しようとすらしない人間だから何も言えない。僕はお祝いといってチーズケーキセットをおごってやった。東海岸へいったら、NYチーズケーキをヤンキースキャップとともに産地直送しろと命令しつつ。何でも東海岸の何とかいう大学へ編入し、ゆくゆくはMBAを取りたいのだという。MBAって文学部に関係あんのかよ?と聞くと、そのうちできればって話だよ、あっちに行ってみてまた違うことがやりたくなるかもしれないし、と夢いっぱいの抱負を、僕の気持ちをよそに話すのである。

 でっかい賭けに出たもんだと僕なんかは思った。この留学にのっかれば、通常の就職活動スケジュールからは外れることになる。留学自体が失敗すれば、就職活動をするにも不利な状況になるから、何らかの成果をあげて帰らなければならないのはMもじゅうじゅう承知であった。いつかは留学したいとは思っていたけれど、それが今になるとはねえ、と他人事のようにMは言う。卒業旅行でぜひとも遊びに来てよ、と気軽に言われても、海外旅行は実は未経験である上に、Mのいない矢萩ゼミを卒業できるかどうか、自信がなくなったところだ。ちょうど、明暗を分けるような日である。僕は卒業の自信をなくし、Mは意気揚々と留学への期待に胸ふくらませている。僕はコーヒーカップを置く手がすべり、ソーサーががちゃんとうるさく音を立てた。甘いものが大好きなMはチーズケーキをひとかけらも残すことなく平らげた。こんな平和な日々も終わりに近づいていることは明らかだった。僕は、お前がいなくなったら誰にノートを借りればいいんだよお、とか、矢萩さんの攻略を一緒にしようと誓ったじゃないかあ、とか、冗談半分と本気半分でだだをこねた。Mは実にうれしそうに目を細くして笑い、君はひとりでできるだろ、と言い放った。いやできない、と答えると、いや、できる、とMは断言した。できるできないの不毛な問答はしばらくつづいた。
 

 堅実で優秀なMならきっと、留学も成功させるだろう。困難な状況におちいったとしても、彼なら、フクツの精神でやりとげることができるだろう。僕はといえば、困難な状況に出会ったとしても、それに立ち向かうことをやめてしまいそうだ。背中をくるりと向けて、違う道だってあるよ、と小賢しいことをぽつりと言っておしまいにするのだ。そうすることがスマートでかっこいいことなんだと、このキャンパスで学んだような気がしている。Mは自分は不器用なんだ、と言った。だから真面目にやっていくしかないんだと。君は器用な人だから、何だってうまくやれるよ、手紙をかくね、そんなことを言ってMは僕を寂しくさせた。Mが成田を発つ日を教えてもらい、その日は見送りに行けないと僕は告げた。発つ前に、チーズケーキよりもっとましな餞別をくれてやろうと考えた。

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