新宿L/R ~フェイクの中で(3)
爪が傷まなかったか確かめたかったが暗いフロアの隅っこではできるはずもなかった。学校でもしきりに爪を切れと言われるがのばしたいんだから仕方がない。爪を切れと言われようが、講師のひとりからしつこくセクハラされようが、学校にはきちんと行く。学校には写真を撮るために行く。しのぶには夢がある。いつか自分の目で見ている風景とまったく同じものを偶然にフィルムに焼きつけることができると信じて、写真を撮る。それは自分の意志の及ばないところにあるんじゃないかとしのぶは思う。誰かに出会うのが偶然であるように、シャッターを切った瞬間に撮れる風景も、偶然の産物でしかないと。セクハラ講師が言っていたことがある。写真というものはある程度の技術でそれなりに見せることはできる。だけれども技術が及ばないところに、写真を撮る意味があるのだと。世の中に意味のあることがあるのかどうか、確かめたくてしのぶは写真を撮る。
目の前の視界にスミノフを片手に持ってやる気のなさそうな踊りをする隆文がいた。手足の力を抜きぎみにしてゆらゆらと揺れている。瓶を持って踊っていること自体、おざなりな印象だ。髪を振り乱して踊る力強さもセクシーだと思うけど、肩の力が抜けた加減にも別のセクシーさがあるとしのぶはひそかに考えている。隆文のことは好きだ。知り合ってから一年のあいだ、何度もセックスをした。何度も何度も。隆文は浮気をするのだろうか、そんなことを想像してみる。不思議と嫉妬心というものがしのぶには湧かない。というより嫉妬心というものがどういうものなのか、しのぶにはわからない。隆文が別の誰かを好きになったとしても、それは仕方のないことだし、気持ちを変えさせることは基本的に他人には不可能だとしのぶは思うからだ。
じゃれてやろう、そう思い立って隆文の背後に立った。隆文の左手を取ってホールドアップ。後ろを取ってやったぞ。ウタイが出るから踊りに行こうという隆文にだだをこねてみる。目をめいっぱい開いて。隆文が肩を抱いてくる。柔らかい、という声がする。柔らかい肉を包んでる皮膚は薄くて白くて青い静脈が浮きでるほどだ。隆文の腕に爪を立てて力を入れたらついに爪がぱきんと折れた。やっぱりさっきの白人のせいで傷んでたのか。このごろネイルサロンに行ってないからもう割れる時期だったのか。しのぶは悲しくなったが割れて短くなった爪の幼くなった指先を見て、こぶしを握ってそれを隠した。見られたくない、隆文にだけでなく、他の誰にも。