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新宿L/R ~リキッドルーム、壁、落書き(7)

 メインフロアにはまだウタイの姿は見えなかった。音も変化していないから、DJ交代はまだのようである。飲み物を買うために小銭を出そうとジーンズの尻ポケに手をやると、フライヤーの紙がたまっていることに気づいた。魚崎先輩が来てるのか?俺は和雪に聞いてみた。あーあのひと、で始まった和雪の言い草はまさに近年まれに見るひどいものだった。ああだこうだと評されつつ結局、関係ないから、のひとことで片付けられてしまった魚崎先輩に、俺は哀れみの情よりも畏怖の念を禁じえなかった。なぜここまで言われてしまうのか、高校時代にはこんなふうじゃなかったはずだと和雪に同意を求めた。するとサッカー部で苦楽をともにしたはずの和雪が、あのころからその片鱗はあったと言う。今にしてみればそう思えるね、ぐらいのことなんだけど、と前置きしてから、万引きの常習だっただの、サッカー部女子マネ全員食っただの、3年生の引退記念試合の日に全国大学模試に行っただの、和雪はじつに事細かに先輩の素行を記憶していた。それはもう先輩が女子マネとともに下校した日の彼女のハイソックスの色まで。なぜそこまで嫌うのか理由はわからないが、存在自体が許せないという、問答無用の暴君的な気持ちをある人間に抱いてしまうのは仕方のないことだろうと俺は思う。ともかく、先輩は高校時代とは比べものにならないほど魅力のない人になってしまったらしい。俺は和雪の話を聞きながら、うら寒さを感じてぶるると身ぶるいした。

 唐突にフロアから歓声が上がった。腕時計を見ると深夜4:00ちょうど、DJウタイが登場した。カウンターに陣取ってちびちび飲んでいた俺と彼女は手をつないでフロアへ向かった。年末にあるような、大勢で「3、2、1」とカウントダウンする声がスピーカーから流れ、その声に客もあおられて盛り上がっている。彼女ははしゃいで床を踏み鳴らし、ピョンピョンはねては俺の足を踏んづけている。笑顔の目が半月型の弓なりになり、口元はスマイルマーク顔負けに両端がつりあがっている。ハッピーになりたい気持ちが満々で、それが希望どおりに実現したとき、彼女はこういう顔になるんだろう。鳴り響く音が体全体に突き刺さって踊らせる。重低音の煽り立てる音が疾走感を盛り上げる。俺は彼女を腰をつかんで持ち上げてきゃあきゃあ言わせ、ハッピーを増幅させる。DJウタイは客席を向いて手をふり、手をたたき、踊る。彼女もその動きに合わせて同じ動きをする。そしてみんなが知ってる必殺チューンがかかる。歓喜にむせぶフロア、渦を巻いて沸き起こるうめき声。やだ、隆文、泣いてるの?と彼女が俺の肩に手をかけて耳元に近づいてきた。実のところ、曲に合わせて出てきたスモークにむせて咳き込んでいたら涙と鼻水が止まらなくなり、それをきっかけにウタイの素晴らしさに不意に感じ入り、レーザー光線のまぶしさがその感動を大幅に亢進させ、感銘を受けて涙しているような気になったような、なんだかひとり相撲をとってしまっているところを、ちょうど彼女に目撃されたというわけだ。彼女はそんな俺を別に笑うでもなく、誰にでもよくあることだよ、と言うようにひらりと身をかわして背を向け、踊り続けた。俺は急に鼻水と涙がひいていき、次にのどがからからになり、彼女に渡されたミネラルウォーターをがぶ飲みしてから踊り続けた。 

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