ショートショート「タイムスリップコップ」
たらはかにさんの毎週ショートショートnoteに参加しました。
今週のお題は「タイムスリップコップ」
タイムスリップコップ
僕は思い出していた。
母のことを。
僕はそのとき小学生で、家で母と二人ジュースを飲んで笑って会話して、飲み終わって母は台所にコップを運んでいった。
大きな音がして、驚いて台所に行くと母が流しの中を見ていた。
母は、
「大丈夫よ」
と言った。
流しの中には割れたコップ。
不思議なことに母は、片付けもせずコップのかけらを眺めていた。まるで取り憑かれたかのように。
僕には、かけらが母に何か言っているように見えた。
「怪我はない?」
妻の声に、僕の心が現在に戻った。
流しの中、割れたコップのかけらが散らばっていた。
「大丈夫だよ」
と僕は言った。
だが僕はかけらから目が離せなかった。
なぜか、かけらが僕の心を引っ張っている気がしたのだ。
「奥さんの浮気を許せるの?」
コップのかけらは言った。
そうだ。
かけらは、割れた僕の心なのだ。
―記憶の続き。
あのあと、母は父と離婚した。
僕はつぶやく。
コップよ、おまえは過去からタイムスリップしてきたのか?
***終わり***
読んでくださってありがとうございました。