ゆで落花生

東京へ来て初めて知った食べものの一つに、ゆで落花生がある。
30年くらい前だろうか。居酒屋のお通しでそれが現れた時は、何かの間違いかと思った。

カラカラの殻(さや)を割ってポリポリッと食べるのが醍醐味、の落花生が見る陰もなく濡れているではないか。
なんて罪深いことをするのだろう。

こわごわと、ぬるっとした殻を剥き、水を滴らせつつ実(種子)を薄皮ごと口に放り込む。すると、しっとりの中にほこほこした歯ざわり。
未知の物体だ。
ほどなく優しい甘みがにじみ出てきて、今度はその食感と味わいを一粒ずつ確認すべく、手が止まらなくなった。

何よりもたまらないのは、土の香りだ。
ゆで落花生は、堀りたての新鮮な落花生を、乾かさずに生からゆでる。だから収穫時期の秋頃、産地近くの土地でだけ楽しまれてきたのだと、女将が教えてくれた。

この居酒屋では、たまたま千葉に実家のあるお客さんが堀りたてを届けてくれたという。ああ、だから千葉県(全国生産量の8割以上)の近郊の人しか知らないのだなと納得した。

密やかな秋の味だったものが、あれから流通もどんどん進化して、今ではすっかり市民権を得ているらしい。
うちの近所のスーパーへ行くと、「希少」と赤ペンで書かれた生落花生が、その割にはじゃがいもみたいに、いつも山積みされている。

でもたしかに、時期は短いかもしれない。
今を逃したら来年の秋まで食べられないかもしれない。
そう思うと、スーパーへ出かける度に「まだあった!」と喜んで、まんまと今日も一袋、カゴに収めるのである。

なんだか騙されているような気も無きにしもあらずだけれど、とにかく私はこのところ落花生をゆで続けている。
土を洗い、たっぷりの湯に塩を加えてゆでるだけ。塩はやや多めが推奨らしいが、私は少ない塩分のほうが舌が疲れなくていい。
さらには少し早めにザルに揚げて、「ほくほく」させ過ぎない、ほんのり「シャクシャク」な食感が好みである。

そんなふうにゆで方をチビチビ変えたりしているものだから、どんどん極まってきた。
この品種はゆで時間を長くして、甘みの方を立たせてやったほうが落花生としても本望だろう、など使命感みたいなものまで芽生え始めている。誰にも何も託されてはいないのだけど。

ゆでて余った落花生は擦って胡麻和えのように野菜と和えたり、サラダに混ぜてもアクセントになる。
時には生の実を取り出して、ごはんと炊き込んだ落花生ごはんも大変おいしい。

まったく飽きないのだが(つき合っている家族も飽きていないことを祈る)、それはたぶん、土の香りがあるからだと思う。
他の人はどうかわからない、いたって個人的な嗜好だが、ホワイトアスパラガスといい、白トリュフといい、私はどうも土っぽさを求めてしまうらしい。

子どもの頃の芋掘り遠足の記憶なのか、いつも家庭菜園の堀りたて野菜を分けてくれた親戚のおかげか。
はたまた泥んこ遊びのせいか知らないけれど、好きになってしまうのはいつも、土の香りの食べものなのだ。

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井川直子 naoko ikawa
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