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パネットーネ 2021.12.25

 イタリアに、パネットーネというクリスマスの郷土菓子がある。
「大きなパン」という意味で、コック帽に似た形のそれはたしかに大きいけれど、パンの範疇には収まりきらない気がする。
 ブリオッシュのような、パウンドケーキのような、でもやっぱりどちらでもないパネットーネだけの味わいがあるのだ。

 一番の決め手は発酵。
 バターと卵とドライフルーツをたっぷりと使った生地に、粉と水で作る発酵種を加えて発酵させることで、ヨーグルトを感じさせる酸味が生まれる。

 伝統的には北イタリア・ミラノが発祥の地であるものの、今や全国区。クリスマスが近づくと、お菓子屋だけでなくスーパーでも山積みになり、イタリアの人は好きな銘柄を、家族の分も贈り物の分もせっせと買う。

 この季節のホームパーティに携える手みやげには定番で、もらった家ではパネットーネを包み箱のままツリーの近くに飾り、クリスマスがきたらリボンをほどく。
 そうして年明けまで、少しずつ食べながら楽しむのだそうだ。

 昨年頃から日本でも人気だったこのお菓子が、この冬はさらに盛り上がっている。
 輸入品の種類はグンと増え、専門店まで現れ、イタリア料理店では自家製パネットーネ作りに挑戦しているシェフたちもいる。

 先日、仕事で8種類ものパネットーネを試食する機会に恵まれた。
「指が生地に沈み込むようなしっとり感」とか「次々と立ち上がるフルーツの香り」などさまざまな個性に触れ、すっかり感動した私は、思わず奮発して1個注文。

 ところが後になって冷静に考えると、パネットーネは1キロ。泣けるほど立派なイタリアサイズだった。
 食べ盛りの子どももいない、50代夫婦の家にやってきた「大きなパン」は、生半可な情熱では踏破できそうにない高すぎる山。
 日持ちのするお菓子だから、毎日少しずつ食べようか?
 いや、血糖値が気になるお年頃に毎日は厳しい。

 それなら誰かのホームパーティに持っていこう、と気を取り直すも、雑誌の世界は年末進行で締切が前倒しになり、血相を変えているこの時期。粋なホームパーティを開いてくれる知人なんて全然いない。

 1キロが基本、ミニなら750グラムが一般的なイタリアのパネットーネは、きっと家族で喜びを分かち合うお菓子なのだろう。

 おじいちゃんおばあちゃんの家に、息子や娘とその家族、いとこも友人たちも集まる週末。大家族がわいわいとクリスマスを祝う、特別なお菓子。
 日本の、とくに故郷から離れて暮らす人の多い東京ではとくに、大家族の食卓は幻に近い。

 そんなある日、友人が行きつけのワインバーに集まろう、と誘ってくれた。
 ここだ!
 酒場に持ち込みOKかを訊ねると、歓迎です、と快い返事がきた。

 私のパネットーネはこうして、家庭でもホームパーティーでもなく、酒場で、それぞれの仕事帰りに寄り集まった人たちと分かち合うことになった。
 でも、とふと思う。
 彼らは実の家族ではないけれど、自分の居場所を家と言うなら、そこにいてくれる人々はもう家族と呼んでもいいのかもしれない。 


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