COFFEEHOUSE NISHIYA/渋谷
2013.9.17 OPEN
「町のコンシェルジュになる。」
雨の日、カラフルな傘の群れが、大きな窓の外を流れていく。近所の女子高生たち。店の中から西谷恭兵さんが手を振ると、いくつかの傘が気づいて振り返し、後から後から “交信”が連鎖した。
「通学路なんですよ。彼女たちはお客さんじゃないけど、毎日こうしてる」
バールである。
でも「日本で、BARと書いてバールと読む人が何人いる?」とあえて「COFFEEHOUSE NISHIYA(コーヒーハウスニシヤ)」と名付けた。老若男女、この町の誰もがコーヒーの店だとわかるように。
バリスタになって10年。これまでは会社や業界に貢献するのが目標だった。しかし独立後は、その気持ちが地域や社会に向かうべきだと思った。
「じゃあ地域への貢献ってどういうことか。そもそも地域密着って何か? と考えたとき、金銭のやりとりだけでなく、店を介して何かが生まれることだと」
西谷さんは04年ジャパン・バリスタ・チャンピオンシップ準優勝の経歴も持つが、曰く「美味しいコーヒーという貢献なら、僕じゃなくてもできる」。
イタリアでは、バリスタの仕事はカップの中だけじゃない。
バールという情報交換や社交の場の真ん中にいて、旅人には道を教え、町の人と人とをつなげたり。
だから西谷さんは売上げにつながらない学生にも手を振り、通勤途中の人に挨拶し、小さな子にも声をかける。
「僕は町のコンシェルジュになりたい」
町のコミュニケーションを生み出すという地域貢献は、町に、〝この店を必要とする人〟を増やしていく。
独立準備は3年前から、着々と進めていた。
まずは自己資金300万円を用意する。事業計画書を作る。早い段階で税理士と顧問契約を結び、不安をクリアにしておく。
物件は、彼のコーヒーを愛する常連客が所有するビルの中。
「けど設計だけは、どこに頼んだらいいのか。ネットで探しても、実際に店を見ると使いにくそうだったり……」
彼が設計に求めるのは機能。そんな話を知人に話していたら、情報が来た。設計事務所のサイトを覗くと、頭の中で考えていたことが言葉になっていた。
『店は、オーダーメイドの道具である』
道具。
つまり職人がストレスなく動け、能力を最大限に発揮するために、背の高さや動きのクセに合わせて作られるべきもの。
「COFFEEHOUSE NISHIYA」でいえばそれは、腰に負担をかけず、背筋を伸ばした基本姿勢がとれるコールドテーブル。
タンピングで正しく圧力をかけやすい台の高さ。
ホルダーをセットする一連の流れが時間のロスなく行えるエスプレッソマシンの位置。
西谷さんにとって機能とは、使いやすさや正確性だけでなく、美しさをつくるための装置でもある。
たとえばシェイカーから注ぐ際は、グラスを自分から遠くに置いたほうが腕をまっすぐに伸ばせる。つまりカウンターにはその奥行きが必要、という具合。
「美味しいって、美しい味と書くでしょう。美味しさの9割9分は視覚、所作で決まると思うんです。僕のコーヒーが目の前に出された時、お客さんはもう“美味しい気分”になっている」
すべては、バリスタとしての誇りである。
人の視線が集まらない指先にまで神経を注ぎ、人とは違う美しさを感じさせる所作然り。朝一番にすみずみまでする掃除も、拭きムラひとつ残さぬ完璧さも。
で、エスプレッソ一杯240円。
それは誰かと話したり、一日のリズムをつけるための「バールへの入場券」だから。
しかしである。
渋谷駅から徒歩10分、お酒も扱うのに23時以降営業不可の文教地区は、バールには不利ではないか。
だが、西谷さんはこう考えた。
「学校が近いことは、きっといいこと」
バール文化やバリスタ像を、これから世に出て行く学生たちの目に焼き付けることが、ここならできる。
Tシャツにジーンズでなく、ネクタイにベスト。タブリエをパリッと巻いて魔法のようにコーヒーを淹れる、誇り高き職業を。
COFFEEHOUSE NISHIYA(コーヒーハウス ニシヤ)
東京都渋谷区東1-4-1
※現店舗は2021年12月をもって閉店し、22年1月より新しい店を移転オープン。
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