![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/67856439/rectangle_large_type_2_fdf523512e6d179e84c2c96b28ea872f.jpeg?width=1200)
ペレグリーノ/恵比寿
自分は、何のためにこの仕事をしているのか。
コロナ禍では多くの人がこの言葉を口にしましたが、イタリア料理店「ペレグリーノ」の高橋隼人シェフから聞いたのは2015年。
2009年に開業した西麻布から恵比寿へ移転した、新米オーナーズストーリーの取材(料理通信2015年9月号)でのことでした。
「うまいものを作りたい」
答えは非常にシンプルなんですが、彼はそのために「土地を買って家と店舗を建てる」という、東京では極めて稀な移転を遂げたのです。
料理に対して、どこまでも純粋を貫くための選択。と同時に、料理人として生きていくための道でもありました。
東京でオーナーシェフを何十年と続けた先に何が残るのか。その前に、続けていけるのか?家賃や返済に支払い続ける金額は想像を絶します。
好きな仕事を続けることに、疲弊しないように。
後に続く料理人たちのためにと、彼はこの取材で、ためらいもなく金額を公表してくれました。
2021年現在、「ペレグリーノ」のコースは4万円前後(時価)となっていますが、新しい生ハムスライサーを導入してさらにグレードを上げ、食材や調理道具、食器やカトラリーへの考え方も変革して一新。
「決して高いとは言わせない」
その基準もまた、高橋さんの中で更新され続けているのです。
※原稿は2015年取材当時のものです。
2015.4.21 OPEN
「すべてを最高値で。」
西麻布で6年、エミリア=ロマーニャをやってきた「ペレグリーノ」が移転した。
恵比寿で一戸建て、夜のみ6席、19時半の一斉スタート。料理もワインもおまかせ一本、すべて込みで25000円(※2015年当時)。
それが高橋隼人シェフの答えだ。
「僕は何のためにこの仕事をしているのか、と。旨いものを作って、何度も来てもらえる店にしたいだけです」
修業時代から、メニュー数が多いほど一皿への情熱が薄まる、と感じていた。それに、ロスになった食材は日々味が落ちていく。
その残念感がどうにも嫌で、自分の店では最上を出そうと決めた。
そうしてパスタは打ちたて、生ハムは客席にあるイタリア製スライサーで切りたてを食べてもらえる店を作ったのが2009年、西麻布。
だが、話はそう簡単ではなかった。
切りたて=早く食べて欲しい。料理を説明する時間さえじれったい。
だからあえて説明なしで、イタリア的に何種類もの生ハムをたっぷり盛った前菜をドンと出したのだが、お客は生ハムそっちのけでお喋りに夢中になる。
生ハムに関心が持てるよう、説明をすると、今度は投稿サイトに話が長いと書き込まれる。
説明はしても長くならない策として種類を絞ると、「もっと食べて欲しい生ハムがあるのに」と自分のストレスになった。
高橋シェフは「エミリア=ロマーニャ」も「食材」も、最高値でやりたいのだ。
「この思いを届けるには、僕が説明するしかないし、スタッフに気を遣ってしまうならお客さんに遣いたい。すると一人でやるのがいいのかなと」
しかし20坪の西麻布では、料理もサービスも一人で担うのは動線的に不可能だ。
〝移転〟が頭をよぎった時、彼は、オーナーシェフとしてこれから支払い続けていくだろう金額を計算してみた。
店の家賃約35万円+家の家賃17万5千円=月51万円。1年で612万円、35年ではなんと2億1420万円にも上る。
いや、そこへ開店資金の返済金14万円を足せば、出て行く総額は月65万円だ。
今でさえ3人家族でワンルーム。子どもが大きくなったら、部屋も増やしたい。
「店舗を借りている限り、この金額をずっと支払い続けて、それでも好きなことが100%できない。だったら新たに家と店を買って、一人で、好きにしようと。土地を所有して、建てるという選択です」
世界中から最高の食材が集まる東京で。最初は6年間なじんだ街、西麻布を探したが、建て売りでも億を超える。そこで、周辺まで範囲を広げた。
電柱の貼り紙で見つけた恵比寿の物件は、古家付きの土地。
解体費用がかかり、家の設計も指定業者という条件はあるものの、土地を買い3階建ての建物を建てても総額7000万円。
住宅ローンは月15万円で済み、先の返済と合わせても出費総額は月42万円にまで下がった。
1階が店舗、2・3階が住居。職住一体だから、これまで通勤に使っていた時間も仕事に充てられる。
恵比寿に移った「ペレグリーノ」は、焦点を絞りに絞り込んだ店だ。
6席のみ、全員がシェフのほうを向くテーブル配置は、料理も説明も、ワインのサーブまでも一人でできる限界値。
おまかせコース一本のスタイルは、「トリュフつけますか?」「ワインペアリングはしますか?」といった確認ごとを省き、その分全員に対して早く、最高のパフォーマンスをするためだ。
メニューを「選びたい」人には別の店がある。
自分の役割は、すべての精度を高めることだと割り切った。
たとえば生ハムスライサー。
前店でもイタリア製を使っていたが、刃の直径が7センチ長いものに買い替えた。刃渡りが長いほど、ゆっくり長く刃を入れられるため繊維がよりキレイに切れるから。
その生ハムをのせるトルタフリッタは以前から揚げたてだが、恵比寿ではさらに、台所でつまみ食いするような近さで口に入る熱々はこんなにもうまいのか!と目から鱗だ。
「おすし屋で思ったんです。カウンターで音もなく、お客さんは1個ずつ出されたお寿司をただ食べるだけ。この形は自然と五感を研ぎ澄ますことになる」
25000円という価格は、前店で食べて飲んでの一人当たり合計額より、じつは安くなる計算だ。それでいてトリュフも皿から溢れるほど削る。
決して高いとは言わせない、覚悟の表れである。
●西麻布時代から「ペレグリーノ」が辿ってきた10年間の軌跡は、dancyu2019年4月号の「東京で十年。」でお読みいただけます。
ペレグリーノ
東京都渋谷区恵比寿2-3-4
予約はOMAKASEサイトより受付。
いいなと思ったら応援しよう!
![井川直子 naoko ikawa](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/22407493/profile_c460f30eee7206b5a2a30317c590b1bf.jpg?width=600&crop=1:1,smart)