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空からの手紙 (3)

ベッドに入ろうとした時、ピロンと通知音が鳴った。暗闇の中、慌ててiPadを引き寄せ開く。

想いが通じるってこういう事を言うのだろうか。遠い世界に行った人、二度と交わるはずのない瀬川君からのメッセージが目の前にあった。

「 寄付ありがとうございます。もちろん、渚ちゃんの事覚えているよ。僕の方こそ覚えていてくれて、協力してくれて嬉しいよ。感謝してる 」

「 良かった、瀬川君の活躍は知っていたの。学校作りから始まって日本語を教えてるって事も。少しでも応援したくて、役に立てて嬉しいわ」

「 活躍って事じゃ無いよ。やりたい事やっているだけ。ただ、日本とは常識も国民性も違って最初の頃は大変だったな。例えば時間を守るって事。学校に来れる子どもばかりじゃ無いから、来れただけでも良しとしなきゃいけないんだ 」

「 どうして?家の仕事なんかで来れないの? 」

「 そうなんだ。食べることで精一杯で、子どもを学校にやるより今日の生活を何とかするため働かせているんだ。それを僕らは否定できない。ギリギリで生きている現実より切実で強いものはないから。でも、学ぶ事でしか先へ進めない、貧しさのスパイラルをどうやったら断ち切れるか、そんなジレンマと闘ってるよ」

学校に行きたくても行けない子どものいる国と、学校に行くことが辛い子どもがいる国、どちらが幸せでどちらが不幸なんだろう?ふとそう思う。

そういう事を考えてるだけでなくて、海外で体当たりで闘っている彼が眩しくみえる。

「 渚ちゃんは今どうしてるの? 」

「 私は結婚して小学生の子どもがいて、食品関係の仕事に勤めているの 」

「 子育てと仕事忙しいだろうね 」

「 パートだから融通が効くんだ。だから子どもの学校の育友会で役員したり、自治会の班長したり、地味に生活してる。この前なんか、新一年全員に布マスクを手分けして作って、ちょっと忙しかった」

「 手作りのマスク、なるほど。子どもたち喜んだろうね 」

「 そうね、日本もマスク不足だから喜んで貰えたわ。育友会の役員主体で作ったんだけど、中には全然出来ない人もいて。強制じゃないんだけど、作る人と出来ない人の間で不協和音がでてきてそれがイヤだった 」

「 みんなが足並み揃えてできるに越した事ないけど、難しいよな 」

「そうなの。 役員っていってもクジで決まった人もいるし、その中にはご主人が病気になって一人で家計を支えている人もいてね、働く事が最優先なの。子ども達を守るが故に自由な時間もなく働いてる、そんな人に割り当てだからマスク作ってなんて言えないわ。でも、[平等]とか[公平]とか言葉にするととても平和的なセリフを正義の呪文みたいに使う事って多いでしょう?なんだか違和感があって。私、足りない分は作ったけど、大変というより、出来る時間や余裕がある事を有難いって思ったの 」

送信した後、つまんない事書いちゃったな、そう思った。子どもの通学圏内と、通勤圏内で収まっちゃう小さな世界に暮らしている私。世界で頑張る彼になんだか愚痴を言ってるようで恥ずかしくなった。

「 そうなんだ…すごいね!渚ちゃんが自分の家庭の事だけじゃなく、地域の子ども達の家庭環境まで考えて人の為にお世話をしてる事、それを知って嬉しいよ!僕は誰かの幸せを願って、想いを馳せたり活動したり、そんな人が増えていく世界であって欲しいといつも願ってる 」

えっ?

思いもかけない返事に驚いた。

「 僕と渚ちゃんは住む場所は違っても同じ想いで生きている同志だ。うまくいかない事があってへこんだり、分かってもらえない努力に虚脱感覚える事もあるけど、遠い空の下、一緒に頑張っている人がいると思うと嬉しいよ。それぞれの場所で頑張っていこうな、応援してるよ 」

「 ありがとう。私も応援してる。これからもずっと 」

iPadを静かに閉じ、ベランダに出てぼうっと夜空を眺める。

見えないけれど繋がっている、この部屋の窓を抜けて、夜空を渡って、海をいくつも超えて彼の心に。

聞こえないけれど伝わってくる、誰かの笑顔を見れる幸せを一緒に感じていこう、そういう彼の声が。

あれから彼とは連絡を取ってない。うん、それでいいんだ。

いつでも側にいる人が影響を与えるとは限らない。一度交わした言葉が自分の道標となって心の奥に打ち込まれる事もあるんだ。

横断歩道を渡ってビルの影に隠れたら見えなくなる人よりも、どんなに遠く離れていても照らしてくれる太陽のように彼の存在を感じるんだ。

今日も見上げたらほら、空からの手紙が届いてる。

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