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ガラス越しのふたり

 降り続く雨のせいで窓ガラスは曇っている。謎のウィルスで面会が制限されている。彼女とご主人は触れ合えもせず、ガラス越しで話をしている。

 「もう少しの辛抱だから、元気で待っているんだよ。また来るからね」

 「ああ、そう、また残業ね。わかったわ、行ってらっしゃい」

 数ヶ月前までは一緒に外に出かけたり、面会室で食事をしたり仲の良いご夫婦だった。認知症の為会話がかみ合わない事もあったけど、彼女はご主人が帰った後も探して回っていたんだ。




 久しぶりに会えたのに彼女に笑顔はない。どこか遠い目をしてご主人を見つめている。またねと手を振るご主人を置き去りに、その場を離れていく。


 「残業って言っても本当は何をしているかわからないわ。どこかの女性とどうせ遊びにいくんでしょう。いいのよ、私の知らない所で遊んでくれるなら何も言わないわ」


 …無表情の彼女からそんな言葉を聞くなんて思いもしなかった。


 認知症の患者さんは環境が変わると落ち着きをなくす事が多い。彼女はご主人の面会の回数が減って頭が混乱しているんだろう。面会制限があるとか、コロナが流行っているなんて分からないけど、頻繁に会えない淋しさを感じているんだ。

 もしかしたら、のどに引っ掛かった小骨がチクチクするような、小さな痛みの記憶があったのかもしれない。だって、病気になっても生きてきた道のりの感情は消えないのだから。


 病院に来るまでにかかる時間よりも短い、ガラス越しの面会。リモートで顔を見ても満たされないように、たった一枚の透明な板がふたりの気持ちに隙間を作る。

 触れ合って、手を繋いで、体温を感じる事が、どんなに大切なことか。

 それに気づいた事が小さな希望となって、これからの私達の生活を変えていくのだ。中身を詰め込みすぎた箱に無理やり蓋をする様に、そう思い込もうとしている私がいる。じゃないと、今の状況は悲しすぎるから。


 どうか1日も早く、彼女の笑顔を見れる日が来ますように!


 


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