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クリームソーダの夢
夢も見ないでぐっすり眠った朝、アラームで眠たい目を覚ます。ベランダではペチュニアが咲いている。ポトスが濃い緑の葉っぱを大きく拡げている。大好きな我が家!ようやく帰って来たのね。・・・まあ、今夜も実家泊まりなんだけど。
お弁当を作り、朝のコーヒーを飲む。中学生の頃コーヒーは眠れなくなる魔法だった。今では1日5、6杯、何なら就寝前に飲んでもすぐに寝落ちする。アルコールより手軽で手頃な相棒だ。
午前7時ともなると日差しが強い。太陽が梅雨の前の強がりを見せつけているみたいだ。あぁ、今日も暑い、とぶつぶつ言いながら職場へ向かう。
病院ではオムツ交換、食事の介助が終わりカラオケ大会が始まる。療養病棟なので、長く入院されている人が多く、時折こういったレクレーションがあるんだ。
歌は三波春夫から聖子ちゃん、米津玄師のパプリカまでバラエティに富んでいて、下手は下手なりに( 私もその部類だが )上手なら尚更、聞いていて面白い。何気にその人の隠された過去、というか嗜好、ざっくり言えばタイプが分かるから興味深いのだ。
男性患者のAさんがよく通る声で浜田省吾を歌う。【 もうひとつの土曜日 】歌い慣れた声で。おおぅ!懐かしい、懐かしすぎる青春ど真ん中だ。
高校生の頃、友人の影響で浜田省吾を知り虜になった。下敷きに歌詞を書いた紙をはさめていつも浜省と一緒だったっけ。そう、ファイル形式の透明な下敷きが流行っていて、制服で固められた脱個性の下、僅かに自由に表現するツールのひとつとして活躍してた。
その頃は【 もうひとつの土曜日】は好きになれなかった。本命に振られたからといって身近な人から「〜 受け取って欲しい、この指輪を〜 」なんてあり得ない。二番手は、おととい来やがれってな感じで若さゆえの頑なさ。
かといって、恋愛経験はゼロ。男の子としゃべる事すら緊張する奥手な娘。雑誌で初めてのデートで喫茶店に行った時、注文するならシュークリームとクリームソーダ、なんて書いてあるのを何度も読み返していた(笑)。そもそも何故喫茶店?しかもチョイスおかしくない?シュークリームの食べ方からクリームソーダの飲み方までレクチャーしてくれる当時でもシュールな雑誌だったと今ではわかるが。
雑誌によると、クリームソーダの飲み方はソーダの上のアイスの部分を少しずつジュースに溶かし、混ざり合ったところをストローで吸うのがベスト。それが上品な食べ方だと洗脳されてしまったが、未だにそのシチュエーションは来ない。
大きな拍手で現実に引き戻される。
Aさんの歌はものすごく上手かった。きっと職場でも友人との飲み会でも歌っていたのだろう。スポーツマンタイプで人当たりも良い。
以前は患者さん同士で言い合いがあると、スタッフより早く間に入り仲裁までやってのけていた。文句を言われていた女性に「 大丈夫だから、俺がいるから 」と庇ってみせたり、間違いなくリーダータイプなのだ。
こういう人が【 もうひとつの土曜日 】を歌うと優しさが染みるだろうな。
今日も一日が終わり、ショートステイから戻った母を見るため実家へ泊まる。ひとりでトイレが難しいので、オムツ交換の為に行く私。それでも認知機能は年齢の割にはしっかりしていて、ありがたい。
帰り道、空いっぱいのクリームソーダ色の雲。今夜もほろ苦いコーヒーを飲むだろう。それでもふと、クリームソーダが懐かしくなるんだ。あの頃、高校生の頃の夢は何だったのだろう。
今叶えていますか?まだ、夢見ていますか?
若年性認知症のAさん、あなたの夢は何だったのですか・・・