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病院、デイサービス

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#エッセイ

静かな世界

静かな世界

 ホール兼食堂に行くと夕食を待っている患者さんで溢れていた。食事カートを周りにぶつけないように運ぶ。窓の外には、垂れ込めた灰色の雲が山々を覆っているのが見える。夜勤入り、今日の勤務は始まったばかりだ。

 食事カートの扉を開けると右側が温かいもの左側は冷たいものと、ひとつのトレイで食事の温度が違う。引き出す時、時味噌汁がこぼれないように気をつけて配膳する。その様子を見ている患者さんの視線は、早く持

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悔しさと切なさと、ささいな幸せ

悔しさと切なさと、ささいな幸せ

 アメイジンググレイスの曲が枕元で流れる。浅い眠りだったのだろう、夢を鮮明に覚えていた。シャワーを浴びているけれど排水溝がない。水は流れず溜まっていく。あぁどうしよう!レギュラーかというほどよく見る夢。夢占いではストレスが溜まっているらしい。

 5月からお笑い芸人さんのYouTubeに夢中だ。その中のひとつにニューヨークさんのチャンネルがある。今日は兄弟漫才のミキさんと対談している動画を見た。小

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記憶が溢れても居ていいんだよ

記憶が溢れても居ていいんだよ

 上品な言葉がほろり「ありがとうございます」「貴女も忙しいでしょうけど、お身体に気をつけてね」いつも相手を気遣う言葉を発する人。今はもう、記憶が曖昧で、認知症と診断された人。

 70代の齢のアイさんは若い頃、都会で雑誌の編集に携わっていたという。英語も堪能で(私が英語を喋れず会話する機会がないのが口惜しい!)海外の雑誌記者とも交流があったらしい。「あの頃は面白かったわよ」昔の記憶がいっとう鮮やか

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記憶の片隅に、さよならチヨさん

記憶の片隅に、さよならチヨさん

 

 もう15年以上も前になるだろう。私がデイサービスに勤めていた頃の話。チヨさんは80代。ぼんやり明るさを認識できるだけの中途視力障害の方。

 「待ってたのよ〜今日は遅かったのね!」

 花が咲き誇る庭を通り、玄関を開けたら、光沢のあるシルバーのショートカット姿のチヨさんの顔がみえる。手には青い巾着袋を持っていて、その中身はデイサービスの手帳と、ハンカチ、ちり紙、押すと声で時刻を教えてくれる

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チヨさんの笑顔、そしてさようなら

チヨさんの笑顔、そしてさようなら

 「力士の中では千代大海が一番好き。昨日も張り手で勝ったの!」デイサービスに通うチヨさんはいくぶん興奮して色白の頬がうっすら紅く染まる。「千代大海はね、強くって負けん気もあってそういう所が魅力なの!」

 もう15年以上も前になるだろう。私がデイサービスに勤めていた頃の話。チヨさんは80代。ぼんやり明るさを認識できるだけの中途視力障害の方。そんなチヨさんの一日はラジオで始まりラジオで終わる。スポー

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君の記憶に灯るものは?~たんたん先生の遠い思い出

君の記憶に灯るものは?~たんたん先生の遠い思い出

 たんたん!テーブルを叩く音がする。ここは病院、いつものように朝食が終わって後片付けが終わる頃、いつものように元教師、通称たんたん先生の演説が始まる。

 「みなさーん、これから遠足が始まります。出発まで一列に並んで待っていてください」

 「何言ってるんだ!どこにも行けるわけないやないか!」

 「はいはい、落ち着いて、お口は閉じて。お利口にしていてくださいね」

 また始まったとばかり苦笑いを

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金木犀の香り

金木犀の香り

 甘い香りが鼻腔をくすぐる。匂いはするけれど、恥ずかしがりやの可憐な花は見えない所に隠れている。そう、常緑樹の緑の陰からひっそりとオレンジ色の花をほころばせているのは金木犀だ。

 金木犀は五感の中で嗅覚だけに訴えかけてくる花だ。きっとインスタ映えはしないけど、秋には絶対欠かせない花なのだ。視覚、聴覚は動画でも伝えられる。こんな綺麗な花だよとか、こんな声で鳴く鳥だよなんてわかるんだ。でも、味覚、触

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のんちゃんの希望、もしくは水たまりに映る月明かり

のんちゃんの希望、もしくは水たまりに映る月明かり

 のんちゃんの朝は早い。病棟内で1、2を争うほど早起きだ。みんなで食事をするホールへ行って、カーテンを開ける。しんと静まり返って、まだ朝日も出ていない早朝4時ごろ。のんちゃんの朝は早い。

 「おはようございます」と言っても返事はない。聴覚障害で聴こえない、話せないから。それでも視線が合うとにっこり笑う。言葉にはならない擬音で「オハヨ」と返してくれる。機嫌が悪い時はその限りではないけれど。

 の

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真夜中のマトリショカ

真夜中のマトリショカ

寝不足での夜勤ほど堪えるものはない。こんな日に限ってハードな夜になったりするのだ。

開けても開けても同じ人形が出てくるロシアのお人形、マトリショカと言おうか、それとも倒しても倒しても起き上がるお人形、おきあがりぼこしとでも言おうか。

ある認知症のおばあちゃんが寝てくれないんだ。

眠れないから寝かせて、部屋が分からないから連れてって、とナース室前に歩いて来る。

部屋へ案内して布団をかけてドア

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クリームソーダの夢

クリームソーダの夢

夢も見ないでぐっすり眠った朝、アラームで眠たい目を覚ます。ベランダではペチュニアが咲いている。ポトスが濃い緑の葉っぱを大きく拡げている。大好きな我が家!ようやく帰って来たのね。・・・まあ、今夜も実家泊まりなんだけど。

お弁当を作り、朝のコーヒーを飲む。中学生の頃コーヒーは眠れなくなる魔法だった。今では1日5、6杯、何なら就寝前に飲んでもすぐに寝落ちする。アルコールより手軽で手頃な相棒だ。

午前

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開かない窓の外側に

開かない窓の外側に

窓の外は気持ちのいいお天気。涼しい風が頬をくすぐる。目の前にはいつも愛する旦那様がいる。

今日の一郎さんはいつもより笑っている。仕事が上手くいったのかしら、お休みだから機嫌がいいのかしら。ふたりでジュースでも飲みながらたわいもない話が弾む。

紙袋を開けるとオレンジ色のストライプのシャツが入っている。

「 ありがとう。私こういうの欲しかったの、良くわかったね!」

「 これは …いや、喜んでも

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人の夕暮れは笑顔だけ連れて

人の夕暮れは笑顔だけ連れて

これから食事をする方や、人間の落ちゆく姿の哀れを見たくない方は決して、絶対に読み進めないで下さい。

気分が悪くなる恐れがあります。

それでも読んだ方は自己責任、具合が悪くなっても諦めてください。

病院に入院されている認知症の患者さんのある行動をここに記載します。

その方はお世話好きで笑顔が素敵な女性です。私も手はかかりますが好きな患者さんです、今でも。

ひゃー!!と患者さんの悲鳴。悲鳴の

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ガラス越しのふたり

ガラス越しのふたり

 降り続く雨のせいで窓ガラスは曇っている。謎のウィルスで面会が制限されている。彼女とご主人は触れ合えもせず、ガラス越しで話をしている。

 「もう少しの辛抱だから、元気で待っているんだよ。また来るからね」

 「ああ、そう、また残業ね。わかったわ、行ってらっしゃい」

 数ヶ月前までは一緒に外に出かけたり、面会室で食事をしたり仲の良いご夫婦だった。認知症の為会話がかみ合わない事もあったけど、彼女は

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おぼろげな記憶の、エリーマイラブ

おぼろげな記憶の、エリーマイラブ

 泣かしたこともある 冷たくしてもなお よりそう気持があればいいのさ

 俺にしてみりゃ これで最後のlady  エリーmy love so sweet

 歌で恋をしたことがある。カラオケが流行り始めたころのお話。廃車されたバスを改装したり、プレハブのカラオケボックスが所かまわず出来ていたバブル時代。同僚が歌う姿を見て、惹き込まれてしまった。

 曲名は【愛しのエリー】サザンオールスターズ。ドラ

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