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病院、デイサービス

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#介護

その苦悩や苦労をBlowして踊りたいんだ

その苦悩や苦労をBlowして踊りたいんだ

 もっと早くあなたに出逢っていたら、曇りのない瞳で、全てを信じることが出来たのでしょうか?

 がむしゃらに突き進んで、傷つき、傷つけられた心は、違う、違う、そうじゃない!と必死に叫び声をあげるのです。

 愛すること、愛されること、そばにいること、見守ること。人によって求める姿が違うのだと、もう知ってしまったから。

 ただ、まっすぐに愛することを、こんなにも熱く語るあなたが眩しくて。その愛を受

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チヨさんの笑顔、そしてさようなら

チヨさんの笑顔、そしてさようなら

 「力士の中では千代大海が一番好き。昨日も張り手で勝ったの!」デイサービスに通うチヨさんはいくぶん興奮して色白の頬がうっすら紅く染まる。「千代大海はね、強くって負けん気もあってそういう所が魅力なの!」

 もう15年以上も前になるだろう。私がデイサービスに勤めていた頃の話。チヨさんは80代。ぼんやり明るさを認識できるだけの中途視力障害の方。そんなチヨさんの一日はラジオで始まりラジオで終わる。スポー

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君の記憶に灯るものは?~たんたん先生の遠い思い出

君の記憶に灯るものは?~たんたん先生の遠い思い出

 たんたん!テーブルを叩く音がする。ここは病院、いつものように朝食が終わって後片付けが終わる頃、いつものように元教師、通称たんたん先生の演説が始まる。

 「みなさーん、これから遠足が始まります。出発まで一列に並んで待っていてください」

 「何言ってるんだ!どこにも行けるわけないやないか!」

 「はいはい、落ち着いて、お口は閉じて。お利口にしていてくださいね」

 また始まったとばかり苦笑いを

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金木犀の香り

金木犀の香り

 甘い香りが鼻腔をくすぐる。匂いはするけれど、恥ずかしがりやの可憐な花は見えない所に隠れている。そう、常緑樹の緑の陰からひっそりとオレンジ色の花をほころばせているのは金木犀だ。

 金木犀は五感の中で嗅覚だけに訴えかけてくる花だ。きっとインスタ映えはしないけど、秋には絶対欠かせない花なのだ。視覚、聴覚は動画でも伝えられる。こんな綺麗な花だよとか、こんな声で鳴く鳥だよなんてわかるんだ。でも、味覚、触

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のんちゃんの希望、もしくは水たまりに映る月明かり

のんちゃんの希望、もしくは水たまりに映る月明かり

 のんちゃんの朝は早い。病棟内で1、2を争うほど早起きだ。みんなで食事をするホールへ行って、カーテンを開ける。しんと静まり返って、まだ朝日も出ていない早朝4時ごろ。のんちゃんの朝は早い。

 「おはようございます」と言っても返事はない。聴覚障害で聴こえない、話せないから。それでも視線が合うとにっこり笑う。言葉にはならない擬音で「オハヨ」と返してくれる。機嫌が悪い時はその限りではないけれど。

 の

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真夜中のマトリショカ

真夜中のマトリショカ

寝不足での夜勤ほど堪えるものはない。こんな日に限ってハードな夜になったりするのだ。

開けても開けても同じ人形が出てくるロシアのお人形、マトリショカと言おうか、それとも倒しても倒しても起き上がるお人形、おきあがりぼこしとでも言おうか。

ある認知症のおばあちゃんが寝てくれないんだ。

眠れないから寝かせて、部屋が分からないから連れてって、とナース室前に歩いて来る。

部屋へ案内して布団をかけてドア

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クリームソーダの夢

クリームソーダの夢

夢も見ないでぐっすり眠った朝、アラームで眠たい目を覚ます。ベランダではペチュニアが咲いている。ポトスが濃い緑の葉っぱを大きく拡げている。大好きな我が家!ようやく帰って来たのね。・・・まあ、今夜も実家泊まりなんだけど。

お弁当を作り、朝のコーヒーを飲む。中学生の頃コーヒーは眠れなくなる魔法だった。今では1日5、6杯、何なら就寝前に飲んでもすぐに寝落ちする。アルコールより手軽で手頃な相棒だ。

午前

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開かない窓の外側に

開かない窓の外側に

窓の外は気持ちのいいお天気。涼しい風が頬をくすぐる。目の前にはいつも愛する旦那様がいる。

今日の一郎さんはいつもより笑っている。仕事が上手くいったのかしら、お休みだから機嫌がいいのかしら。ふたりでジュースでも飲みながらたわいもない話が弾む。

紙袋を開けるとオレンジ色のストライプのシャツが入っている。

「 ありがとう。私こういうの欲しかったの、良くわかったね!」

「 これは …いや、喜んでも

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グッドモーニング小野小町

グッドモーニング小野小町

ゆらゆらり、星がのんびりしのぶ夜、私はベットでひとりまどろむ。

先生と呼ばれた記憶もおぼろげで、途絶えた手紙を抱きしめ眠る。

「 池田さーん、朝ですよ。オムツ交換終わったら食事に出ましょうね 」

毎朝のオムツ交換ご苦労さん、車椅子にてさあいざ出陣。

池田チヨ、96歳。大正の終わりに生を受け、女性ながら師範学校を出て教職に就く。戦前戦後のゴタゴタの中で教頭先生まで昇り詰めた輝かしい経歴を持つ

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人の夕暮れは笑顔だけ連れて

人の夕暮れは笑顔だけ連れて

これから食事をする方や、人間の落ちゆく姿の哀れを見たくない方は決して、絶対に読み進めないで下さい。

気分が悪くなる恐れがあります。

それでも読んだ方は自己責任、具合が悪くなっても諦めてください。

病院に入院されている認知症の患者さんのある行動をここに記載します。

その方はお世話好きで笑顔が素敵な女性です。私も手はかかりますが好きな患者さんです、今でも。

ひゃー!!と患者さんの悲鳴。悲鳴の

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ガラス越しのふたり

ガラス越しのふたり

 降り続く雨のせいで窓ガラスは曇っている。謎のウィルスで面会が制限されている。彼女とご主人は触れ合えもせず、ガラス越しで話をしている。

 「もう少しの辛抱だから、元気で待っているんだよ。また来るからね」

 「ああ、そう、また残業ね。わかったわ、行ってらっしゃい」

 数ヶ月前までは一緒に外に出かけたり、面会室で食事をしたり仲の良いご夫婦だった。認知症の為会話がかみ合わない事もあったけど、彼女は

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桜の花びらは頬に優しく 〜眠れないCさんの物語〜

桜の花びらは頬に優しく 〜眠れないCさんの物語〜

 みんな寝静まった深夜の病院、Cさんはナース室にやってくる。元マル暴刑事のCさんは、大きな体躯、鋭い眼光、威圧的な言質で他の認知症の患者さんと一線を画していた。でも、昼間の顔とは違った内面があったんだ。

 「どうしてこうなったのか、わからないんですよ…」

 奥様を亡くされ、娘ふたりとは不仲(滅多に面会に来られない)。認知症を発症した後、施設に入居する。しかし、いまだ刑事だと認識していたCさんは

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