マガジンのカバー画像

病院、デイサービス

26
運営しているクリエイター

#生きる

病院にて 〜 赤いワンピース 〜

病院にて 〜 赤いワンピース 〜

 まだ、コロナの影が露ほどもなかった頃の事。患者のAさんの元に、ご主人が毎日面会に来られていた。Aさんは六十歳前半の認知症の方。でも、トイレも着替えも食事も自立されており、童顔で可愛いらしい女性だった。

 Aさんは病気のせいもあって感情的になることも多く、ご主人の面会が遅いと携帯電話でヒステリックに叫んでいた。「何で来ないの!早く来い!」そして「バカにすんな!」それが彼女の口癖。

 ご主人は、

もっとみる
扉の向こう

扉の向こう

 10月だというのに、昼間の日差しは真夏並みに鋭い。ベランダに置いている鉢植えを日陰に移動したのは、新芽が熱さで枯れかけていたから。早く気付いてあげれなくてごめんね。

 病棟移動して環境がころりと変わった。新しいスタッフ、知らない患者さん、やり方が違う仕事内容。覚えることが多くて大変なんだ。移動前日は初めてのおつかいか?それくらい緊張して眠れなかった。でも、蓋を開けるとそれほどストレスを感じない

もっとみる
その苦悩や苦労をBlowして踊りたいんだ

その苦悩や苦労をBlowして踊りたいんだ

 もっと早くあなたに出逢っていたら、曇りのない瞳で、全てを信じることが出来たのでしょうか?

 がむしゃらに突き進んで、傷つき、傷つけられた心は、違う、違う、そうじゃない!と必死に叫び声をあげるのです。

 愛すること、愛されること、そばにいること、見守ること。人によって求める姿が違うのだと、もう知ってしまったから。

 ただ、まっすぐに愛することを、こんなにも熱く語るあなたが眩しくて。その愛を受

もっとみる
静かな世界

静かな世界

 ホール兼食堂に行くと夕食を待っている患者さんで溢れていた。食事カートを周りにぶつけないように運ぶ。窓の外には、垂れ込めた灰色の雲が山々を覆っているのが見える。夜勤入り、今日の勤務は始まったばかりだ。

 食事カートの扉を開けると右側が温かいもの左側は冷たいものと、ひとつのトレイで食事の温度が違う。引き出す時、時味噌汁がこぼれないように気をつけて配膳する。その様子を見ている患者さんの視線は、早く持

もっとみる
渦

 家の前に流れる川が昨夜の豪雨で渦を巻いている。水量は2倍以上にも膨れ上がり、泥水と土手から剥ぎ取られた葉っぱが絡み合いながら先を急ぐ。灯りを消して目を閉じると、意識は遠く知らない場所へと流されていく。

 「ひとごろし〜!!」・・・自分の叫び声が寝室に響き渡る。隣の部屋の人に聞こえなかっただろうか?心配になり耳を澄ますが物音は聞こえない。バイクを降りた男がハサミを握りしめ私を見ている夢を見た。そ

もっとみる
気づかないうちに舞い降りた…

気づかないうちに舞い降りた…

これで三回目の挨拶。

「おはようございます」

病棟に入るとニイナさんが挨拶をしてくれる。

病棟で会う度何度でも挨拶をするのが彼女の習慣。

お昼には「こんにちは」何度でも何度でも。

グルグル歩き回るのは散歩なのか、頭の中を空っぽにしたいからなのか。

ニイナさんは毎日病棟内を歩いている。

控えめで人とのトラブルもない彼女。

職員は好むと好まぬと関わらず、手のかかる患者さんと対峙する事が

もっとみる
記憶の片隅に、さよならチヨさん

記憶の片隅に、さよならチヨさん

 

 もう15年以上も前になるだろう。私がデイサービスに勤めていた頃の話。チヨさんは80代。ぼんやり明るさを認識できるだけの中途視力障害の方。

 「待ってたのよ〜今日は遅かったのね!」

 花が咲き誇る庭を通り、玄関を開けたら、光沢のあるシルバーのショートカット姿のチヨさんの顔がみえる。手には青い巾着袋を持っていて、その中身はデイサービスの手帳と、ハンカチ、ちり紙、押すと声で時刻を教えてくれる

もっとみる