【Concert】ラ・ルベルティーナ リコーダーアンサンブル 第4回公演
白状すると私は、古楽の演奏会にはあまり足を運ばない。「得意なジャンルは?」ときかれたら「うんと古いところとうんと新しいところ以外なら」と答えているくらいなので。そんな私が聴いたリコーダー・アンサンブルの世界は、ひとことでいえば「豊かなるもの」の溢れる空間だった。
ラ・ルベルティーナはアムステルダムのスヴェーリンク音楽院で学び、現在は日本とミラノを行き来して活動しているリコーダー奏者田中せい子さんと、ジェノヴァ出身で田中さんとともに活動するダニエレ・ブラジェッティ氏が中心につくられたリコーダー・アンサンブル。参加メンバーもそれぞれ、国内外で活躍する奏者ばかりのプロ集団だ。
この日のプログラムは、ダウランド、ジョヴァンニ・ガブリエリ、トラバーチによるルネッサンス期の作品、バッハの「音楽の捧げ物」から6声のリチェルカーレ、ラモーのオペラ『ラ・ボレアード』組曲、そして現代イタリアの作曲家カルディーニのミニマル・ミュージック作品と、たいへんバラエティに富んだもの。10人の奏者によるアンサンブルは、作品によって2グループの五重奏をとるもの(ダウランド、トラバーチ)、10声を1人ずつで演奏するもの(ガブリエリ)など、ハーモニーの多彩さを堪能できるように編成されていた。
リコーダーの種類は、もっとも高いソプラニーノから、人間の身長よりも背の高いコントラバスまで7種類。これらが組み合わされて生まれる響きは、まるでオルガンのようだ。考えてみればともに「管に空気を吹き込んで音を出す楽器」なのだから当たり前なのだけれど、ホールを満たすその響きの柔らかさ、豊かさはオルガンに勝るとも劣らない。正直、リコーダーという楽器を「小学校の音楽の時間に習うもの」程度の認識でいると度肝を抜かれる。
もちろん、それほどの豊かな音楽が可能なのは、ラ・ルベルティーナのメンバーひとりひとりの力量が並々ならぬものだからなのはいうまでもない。とにかく、ハーモニーがとびきり美しい。例えばラモーの『ラ・ボレアード』組曲では、最大でひとりの奏者が3種類のリコーダーを持ち替えて演奏するのだが、どんな場面でもピッチの正確さはいささかも揺るがず、見事な「調和」を生み出していた。
同属楽器のアンサンブルによるハーモニーの心地よさは、味わった人でなければわからないと思うが、例えるならそれは、一分の隙もなく整理された本棚、真新しい畳の敷き詰められた部屋、木だけでできた寺院の伽藍、といったものを連想させる。そう、私はラ・ルベルティーナの演奏に、なぜか「和」の美に似たものを感じたのだ。もしかするとそれは、ホールが、通常は和物の公演が行われることの多い場所だったからかもしれない(サイドには畳の桟敷席があった)。あるいは「木」から生まれる音の手触りが、長い間木と紙に囲まれて暮らしてきた日本人のDNAと呼応したのか。ルネサンス期に活躍したリコーダーという楽器によって奏でられる、ロマン派も古典派も経ていない古い時代の西欧の音楽から、「和」の緻密さにも似た美しさを感じ取ったこと。それは、「音楽に国境はない」などという陳腐な言葉とはまったく違った次元で、「音楽美」というものの普遍的な本質に触れたということに他ならないのだろう。私の数少ないリコーダー・アンサンブル体験のうちのひとつは、実に不思議な、しかしとてつもなく豊かな音楽経験となった。
写真: 伊藤竜太
2017年1月9日 渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール