グランドオペラ共同制作『カルメン』記者懇談会(後編)
9月27日に行われたグランドオペラ共同制作『カルメン』記者懇談会。後編は、カルメン役のメゾソプラノ・加藤のぞみさん、ドン・ホセ役のテノール・城宏憲さんの意気込みなど
をお届けします。前編はこちら。
カルメン:加藤のぞみ
現在、スペイン・バレンシア在住の加藤のぞみさん。東京藝術大学から同大学院修了後渡欧。イタリアで2年間勉強したのち、バレンシア歌劇場歌手育成プログラムにて研修し、その後ヴァッレ・ディトリア音楽祭他、多くの劇場で歌ってきていらっしゃいます。
私にとってカルメンは、夢の夢のそのまた夢の役でした。藝大に入学し、師匠である伊原直子先生が歌ったカルメンを観たのが最初で、その瞬間からずっと、いつかはカルメンを歌いたいと思い続けてきました。ようやく今回、田尾下さんからお話をいただいて、嬉しくて、色々と想像を膨らませていたのですが、「ショービズの世界が舞台」と聞いて、ん?これはどうなるの?と…。何しろ、お稽古の初日はダンスのレッスンでしたから。最初は戸惑いもあったのですが、だんだんと稽古を重ねるうちに、自分なりの新しいカルメン像ができてきました。特に、田尾下さんから「カルメンはどんなに悔しい思いをしても決して諦めない。逆境にも負けない女性」という言葉を聞いたとき、自分の中でピンと来るものがあったんです。私自身、イタリアやスペインで活動を続けながら、悔しい思いをしたことが何度もある。その経験を今回のカルメンに活かせたら、と考えています。
ホセ:城宏憲
ドン・ホセ役のテノール城さんは、東京藝術大学卒業後、新国立劇場オペラ研修所を修了。文化庁新進芸術家海外派遣制度でイタリアへ。帰国後、第84回日本音楽コンクール第1位など、様々なコンクールの受賞経験もあり、また昨年のグランドオペラ共同制作『アイーダ』への出演など、近年の日本での活躍はよく知られているところです。
やっと全幕を通してお稽古ができて、全貌が見えてきたところです。今回の田尾下さんの演出は、単なる読み替えではなく、体の動きや感情を爆発させるような身振りが沢山取り入れられており、身体表現としても魅力的なカルメンになっていると思います。
ホセが、ミカエラという清純な女性とカルメンとの間で揺れ動き、結局はカルメンの方に行ってしまって最後はボロ雑巾のように捨てられる、というところは、今回の演出でもまったく変わっていません。ただ、最後はカルメンの足を引っ張るんですが、僕はカルメンを支えていきたいと思っています。カルメンの生き様を際立たせる影のような、ホセという存在を通してカルメンの生き方がフォーカスできるような人物であればいいと思います。
ドン・ホセというキャラクターについて、いつも考えさせられるのは、カルメンの立場に立ってみるとホセという男は迷惑でしかないけれど(だって、最後はストーカーになってしまうんですから)、ホセにしてみれば、ただカルメンという女性を一途に愛しただけなのにボロ雑巾のように捨てられてしまって、運命を狂わされてしまったかわいそうな人でもあるということ。今回の田尾下演出では、カルメンが「21世紀の、自分の仕事を追求していく諦めない女性」という点に大いに共感を覚えますが、一方でホセ像はどのように捉えられているのでしょうか。田尾下さんに伺いました。
ショービズの世界に身を置くカルメンにとって、ホセがいくら愛してくれてもそれは何の意味もないことなんですよね。カルメンにとっては、もっと大野映画俳優とか、ショービズ界の大物と結婚する方がずっと意味がある。もしホセが本当にカルメンを愛しているのなら、自分がカルメンにとって邪魔になる存在だということを自覚するべきなんです。一途に愛する男性としてホセを演じて欲しいのですが、現代の資本主義社会においては実は女性の足を引っ張る男なんだ、ということを描けたらと思っています。
「カルメンを支えたい」とおっしゃったホセ、城さんは?
「支えたい」という言葉自体、カルメンにとっては迷惑なんですよね(笑)ホセが落ちぶれていく様が、現代に生きる私たちにとってどれくらいリアリティを感じられるか、というところが一つのポイントだと思います。ホセはニューヨーク市の警察官なので、当然銃を持っているんですが、その銃を誰かに突きつけて脅したり、ついには発砲して人を殺してしまう。銃という暴力に染まって落ちていくホセ、というのが僕の体を通して皆様にリアルに感じていただければと思います。
『カルメン』は、「ハバネラ」や「闘牛士の歌」など、普段オペラをあまり観ない方でもどこかで聴いたことのあるメロディが満載の作品。音楽について田尾下さんは「オーケストラが歌と同じくらいか、それ以上に雄弁に語っている作品」だといいます。また加藤さんは、「最初に登場してすぐ歌うハバネラから、カルメンはずっと出ずっぱりで大変な作品ですが、息つく暇もないほど魅力的な音楽が次から次へと出てくるので、お客様には十分に楽しんでいただけると思います」と。城さんは「フランス人の作曲家独特の豊かな和声が魅力。また僕自身にとっては、ドン・ホセという役が、おそらく将来一番歌うフランス・オペラの役になっていくと感じています。今現在の、僕のフランス音楽に対する表現を聴いていただけたら」と意気込みを語ってくれました。
古今東西のオペラの中でも屈指の名作であり、また上演回数も多い『カルメン』の歴史に、この秋、新しい1ページが刻まれるのを楽しみに待ちたいと思います。
10月19日(土)・20日(日)14:00開演 神奈川県民ホール 大ホール
11月2日(土)・3日(日・祝)14:00開演 愛知県芸術劇場 大ホール
2020年1月25日(土)・26日(日)14:00開演 札幌文化芸術劇場hitaru