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【Concert】ゲキジョウシマイLes femmes au théâtre

 東京オペラシティ・リサイタルホールで行われた「ゲキジョウシマイ Les femmes au théâtre」のデビューリサイタルに行ってきました。「ゲキジョウシマイ」とは、ソプラノの森谷真理さんとメゾソプラノの鳥木弥生さんによる新ユニット。共に武蔵野音楽大学卒業、海外の劇場で活躍したあとで帰国し日本の舞台で活動を展開しているという共通点のあるシマイたちがデビューに選んだのはフランスの作曲家のレパートリー。そう、2人はもう一点、「フランスものが得意」という共通点もあったのでした。

 プログラムは、かなりのフランス通でないと知らない曲も多かったのですが、難しかったりわかりにくかったり、という点が皆無だったのは、ひとえにシマイの表現力の高さゆえでしょう。前半はフォーレ、ショーソン、ドビュッシーの歌曲(有名なフォーレの「パヴァーヌ」の二重唱バージョンなんて、みなさん知ってました?)。この2人の二重唱、声の質に同じところがあるのか、聴いていてとても気持ちがいい。「ハモる」だけでなく「溶け合い加減」がとてもいいのです。これは発見でした。歌のバックには、石井秀典さんとしらいわゆうこさんという2人のアーティストが、それぞれの曲のイメージから作り上げた作品が投影され、歌の周りに多角的な世界を構築する工夫が凝らされていました。前半で特に印象に残ったのは最後に歌われたドビュッシー「スペインの歌」。カルメンを得意とする鳥木さんがこの曲を歌われるのはなるほどという感じでしたが、森谷さんの情熱的でちょっと蓮っ葉なスペイン娘にもかなりドキドキしてしまいました(ちなみに森谷さん、髪をバッサリとショートに、かつ明るい色にされていて、今までとはちょっと違った陽性の魅力がありました)。

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上・森谷真理/下・鳥木弥生(©︎井田宗秀)

 後半はオペラやオペレッタからのアリアと二重唱。まず最初に披露されたドリーブの歌劇『ラクメ』の「花の二重唱」では、シマイたちが透明の傘をさして登場。傘にビニールを垂らしたこれは、二重唱で歌い手の距離が近くなって飛沫が飛ぶのを防ぐ工夫でした(今、劇場では演者間のソーシャルディスタンスを守ることにも神経を尖らせている状況です)。ルコックのオペレッタ『アンゴー夫人の娘』からの二重唱「幼い頃の幸福な日々が」は、実はまったく知らないオペレッタだったのですが、2人の女性がどんな関係性で何を揉めているのかなどもバッチリとわかり、とても面白く聴きました。これ、全曲舞台で観たい!

 シマイそれぞれのソロは、森谷さんがマスネの『タイス』から「美しいと言って」、鳥木さんがグノーの『サッフォー』から「ああ、不滅のリラよ」。タイスのアリアなんてぶっちゃけとんでもなく下らない内容(だって、タイスが私のことをキレイだと言って、年取るなんて絶対いや、というだけの歌ですよ!)なのに、マスネがとんでもなく美しい音楽をつけている。そして森谷さんの手にかかると、その美しさがこれでもかという迫力を持って襲いかかってきて、もうどうしたって惹かれずにはいられません。一方鳥木さんのサッフォーは、自らの死を前にした人間の心の逡巡や強さ、覚悟などが切々と迫ってくる内容。暗い影に縁取られた曲ですが、人間の奥底の真実をしっかりと伝えて深い感動をもたらしたのは鳥木さんの実力です。この2曲のアリアを聴いて思ったのは、森谷真理、鳥木弥生という2人がいかに「大人の歌い手」であるか、ということ。その表現力は、ただ歌が上手に歌えるだけの昨日今日の若手歌手には決して出せないものだったといえるでしょう。

 そして忘れてはならないのが、江澤隆行さんのピアノの素晴らしさ!信じられないくらい繊細にピアノの響きをコントロールして歌を時に際立たせ、時に背後から支える。フランス音楽に必須の響きの多彩さも見事で、これはフランスの劇場で仕事をしてきた江澤さんでなければなし得なかったと思います。

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 コロナ禍の中、多くの演奏家がその場所を奪われていて、それは今回の3人とて同じだったと思いますが、それに腐らず工夫を凝らしてこのように見事な「舞台」を成立させたのは、3人が3人ともに確固たる芯を持った「劇場のプロ」だったからこそ。つまり「ゲキジョウシマイ(+お兄ちゃん)」なのです。このシマイたちの「プロの技」は、次回来年の5月に開催予定の「マスネナイト」でまた堪能できるそう。その日が来るのが今から待ち遠しい限りです。

2020年8月9日、東京オペラシティ・リサイタルホール。

 

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