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【Opera/Cinema】METライブビューイング『サムソンとデリラ』(新演出)

 とにかく「大げさ」なオペラである。旧約聖書に題材をとったストーリー、長いバレエシーン、全部爆発して終わるというラスト、そしてフーガまで使った神聖な祈りの合唱からこれでもかというくらい官能的なバッカナールまで音楽の振れ幅も半端ない。正直最後まで観終わると「お腹いっぱい」という感じなのだが、しかしその「過剰さ」こそがこのオペラの醍醐味であろう。つまり、ヘタクソな歌手やヘタクソなオケやヘタクソな合唱にやらせたら胸焼けしてお腹を壊すだろうが、すべてが揃えば、オペラでしか味わえないとてつもない満足感が得られる。

 今回のMETのプロダクションは、歌手、オケ、合唱、そして指揮者、すべてがよかった。ガランチャのデリラにアラーニャのサムソンは、現在これ以上ないくらいのキャスティングだろう。フランスもののオペラをやる場合は常に「フランス語」という壁が立ちはだかるわけだが、アラーニャはネイティブ、そしてガランチャも言葉の壁はほとんど感じさせない。ちなみに大祭司を歌ったロラン・ナウリもネイティブで(この人、本当にダンディで素敵。超悪役の大祭司が魅力的に見えちゃいました)、このオペラを演じるのに最適なメンバーが揃った。アラーニャはこういう、かっこいいだけじゃない、ダメなところのある男を演じさせるとピカイチだ。なんていうか「せつなさ」と「甘さ」と「情けなさ」と「愛らしさ」のバランスが絶妙なのだ。ガランチャのデリダは、ただの悪女じゃない、多分どこかの時点では真剣にサムソンを愛していたという役作り。第2幕の名アリア「あなたの声に心は開く」は、普通はデリダがサムソンを籠絡するための曲という解釈だが、ガランチャのデリダはサムソンへの真剣な思いがあふれ出ていた。後半でサムソンの歌が重なるとその愛の分量は加速度的に増していき、もはやワーグナーよりもヴェルディよりもプッチーニよりも濃厚な「究極の愛の二重唱」と化していた。こんな演奏を聴いてしまうと、今後そんじょそこいらの歌い手では満足できなくなりそう。

 この「ロールスロイス」級のソリストを乗りこなすマーク・エルダーの指揮がまた素晴らしかった。METのオケが「鳴る」のは誰もが知るところだが、これほどの豊潤で色彩感のある響きはそう頻繁に聴けるものではなかろう。美しい、とにかく美しい音楽を堪能した。そして何といっても合唱のすごさ!このオペラは合唱の比重が高く、第1幕はヘブライ人の合唱で始まりほぼずっと歌っているし、第3幕は今度はペリシテ人として第1幕とはまったく違うタイプの音楽を歌わなければならない。METの「伝説の合唱指揮者」D.パランボが幕間のインタビューで「個人が出るように」と語っていた通り、特に第1幕では合唱のメンバーひとりひとりの「歌」が聴こえてきて、それがそのままヘブライ人の「人としての嘆き」を表現することに成功していた。

 さて、このように「音楽」は120点をつけたいくらいの出来映えだったのだが、個人的な減点ポイントは演出(ダルコ・トレズニャック)である。いや、正確にいうと装置に違和感があった。往年の名女優グロリア・スワンソンの、レースの向こうからこちらを見ている写真にインスパイアされたという舞台は、最初は丸いメッシュの穴が空けられた金属の幕(と言っていいのか)が降りていて、それが上がると、第1幕は同じようなメッシュの金属で作られた神殿の高い壁が左右から張り出している。これが第2幕デリラの家になるともう少し幾何学的な模様の金属になり、やはりそれが同様に壁や階段になっている。この装置の意匠は、非常に抽象的で、ある種ポストモダン的だ。もちろん、紀元前の話だとしてもそのようなデザインの舞台はあっていいが、先に述べたような濃厚で豊潤な音楽との齟齬があまりにも大きいのだ。ちなみに、衣裳は基本的には時代に即しながら随所に現代的なアレンジを施したもので、宝石や金銀が使われた非常にデコラティブなもの。この衣裳と装置も合っていなかった。第3幕のペリシテ人の宴会の場面では、穴あき金属でできたどデカイ半身像(しかも真ん中から真っ二つに割れている)が中央に置かれていた。おそらくペリシテ人の神ダゴンの像なのだと思うが、神様を真っ二つに割って、おまけに中が空洞になっていてそこに女性が入り込んで踊ったり、男性が外側をよじ登ったりしていたのはどうなんだろう?ペリシテ人の偶像崇拝と頽廃をそのように表現したのかもしれないが、あまり趣味がいいとはいえない。最初に述べたようにこのオペラは「過剰さ」が醍醐味であり、今回「音楽」はそこを的確に表現していたことを考えると、演出家のヴィジュアライゼーションが的を外していたように思えてならない。

 とはいえ、全体としてMETらしい豪華な、見応えのあるプロダクションであることは間違いない。何より、第2幕のアラーニャとガランチャの二重唱を聴くだけでも映画館に足を運ぶ価値はある。日本ではなかなか実演にお目にかかれない作品なだけに、貴重な機会となるだろう。

2018年11月16日、東劇。

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室田尚子
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