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夢は果てしなく

1月に人生で初めて寄席に行った。60数年ぶりに浪曲師が寄席のトリを務めるという、落語芸術協会の興行だ。

コロナ禍になる少し前の2019年に浪曲師の玉川太福さんを知った。
それまで浪曲はおろか落語や講談など、演芸と呼ばれるものにほとんど触れてこなかったけれど、初めて観た太福さんの芸にすっかり魅了され、それからしばしばホールで開催される会を観に行くようになった。おもしろい。とにかくおもしろい。浪曲に全く興味がない人だって、太福さんの唸りにすっかりハマってしまうこと間違いなしだ。

その太福さんは数年前から浪曲師としては珍しく、落語の協会に所属して寄席にも出ており、この度ついに興行のトリを務めるという。演芸の界隈ではかなりの話題となっていた。

寄席に行ってみたいなぁ。そう思ったのはコロナ禍が始まった頃、Youtubeで講談師の神田伯山さんの動画を観るようになってからだ。それまで「寄席」というものが、どういったものを指すのかさえ知らなかった。
「伯山ティービー」には、伯山さんご自身の真打昇進記念興行や主任興行の様子を伝えるドキュメンタリーシリーズがある。舞台に出演する芸人さん達自らがカメラを構え、表から裏まで、寄席のありのままを映し出すというものなのだけれど、これがめちゃくちゃ面白い!出てくる芸人さん達がいちいち魅力的で、時間を忘れて観てしまう。
寄席は落語を主体に講談や浪曲や漫才、手品師や曲芸師などが次々とステージに上がり、各自15分程度の持ち時間で場を盛り上げ、最後に出てくる主任の芸人さんへ繋げて行くという一つの舞台だ。その流れの中で交わされる演者達の会話や、ふとした瞬間の表情にとても心を惹かれるのだ。

そんなわけでコロナ禍から寄席に行きたいとずっと思っていたけれど、感染者数が増えて行く中でなかなか実現することがなかった。
そしてコロナ禍が過ぎても尚、実現することがなかった。ずっと長い間画面の中で観ていたためか、寄席という場所に憧れ過ぎて、勝手に敷居が高い場所と思ってしまったのだ。自分のような演芸に特に明るいわけでもない人間が行っても良いのか??と。
そんな愚かな迷いを振り払ってくれたのが、今回の太福さんの新宿末廣亭初主任興行だった。

普段は人気の落語家さんがトリを務める寄席において、果たして今、浪曲というものがどれだけの人を呼び込めるのか。。。少し疑う人もいただろう。
ところがところが、太福さんの興行は大変な盛り上がりを見せ、その盛り上がりっぷりは巷のニュースにも取り上げられ、たくさんの人達がSNSでお祭りのようなその様子を発信することとなった。連日の大入り、札止めとなる日も。そんな素晴らしい光景を見ずに終われるわけがない!私は興行の8日目にやっと重い腰を上げることができた。よかった。。。本当に行ってよかった。。。めちゃくちゃ楽しかった!

演芸に興味のない方からすれば、全く何をそんな大袈裟に、と思われるかもしれない。ただ、ある1人の人の夢が叶う瞬間に立ち会うというのは、とても素敵な経験だったと伝えたい。あの末廣亭の客席に満ちた多幸感。心の中がポカポカとして、1時間半ほどかかる帰り道も全く苦にならなかった。
寄席に上がる芸人にとって興行のトリを務めるということは、一つの大きな夢だろう。また、その興行が盛り上がるかどうかは最終的に自分の芸にかかっているのだから、怖いことでもあると思う。結果、太福さん初主任の興行は10日間を通して大盛況に終わった。夢を最高の形で飾ることができたのだ。

その数週間のち、住んでいる町からほど近いホールで開催された太福さんの独演会を観に行った。その日訪れた観客には初めて浪曲を観に来たという人が少なくなかったけれど、太福さんはそれまでと変わらない力いっぱいのパフォーマンスで、会場を大いに湧かせていた。大成功に驕ることはない。

末廣亭での興行を終えた直後のSNSの投稿で「新しい夢ができた」と語っていた太福さん。今をときめく異才の浪曲師は、今どんな夢を見ているのだろう。興味津々だ。

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