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#8 おばあちゃんとメドゥーサ

もし、私の話が誰かの記憶のどこかに少しでも残ったなら、私もいつかどこかで誰かの力になれるかも知れない、という思いで、病気のこと、回復の過程のこと、あの頃思ったことなど、少しずつ書くことにしました。もしご興味があればのぞいてみて下さい。そして私が今振り返って笑っちゃうことを、一緒に笑って頂けたら嬉しいです。

倒れる前に、やたらめったら血圧が高いということが分かり、私はスペシャリストの診察を受けながら原因を探っていた。遺伝でもなさそうだし、普通の降圧剤は全然効かなかった。

検査を重ねて、どうやら副腎に問題があることが分かった。

良性の腫瘍があり、それがアルドステロンというホルモンを過剰に分泌させているという。

アルドステロンは、血中のナトリウム(塩分)を貯蓄させる働きをするため、血圧の上昇が起こる。

アルドステロンの分泌を抑制する薬に変えて間もなく私は脳出血を起こした。一足遅かったわけだ。

だから私のスペシャリストのおじいちゃん先生は、私のことをとても気にかけてくれていた。

そのおじいちゃん先生の診察があったので、入院していたGFストロングが車を用意してくれて、ダウンタウンのセントポール病院に行った。

病院の前で降ろされ、車椅子の私は自力で診察室まで行かなければならない。

病院の入口の目の前の歩道に、歩いていたらおよそ気づかないような小さなでっぱりがあって、あろうことか私の車椅子はそこを乗り越えられず、身動きが取れなくなってしまった。

霧雨が降っている。身体がしっとり濡れてきて凍える。診察時間が迫る。周りの人々は私が動けないことに気づかない。

泣きそうな気持で途方に暮れていたその時、私よりずっと体の小さなおばあちゃんが、無言でひょいっと私の車椅子を押してくれて、私はそのでっぱりをすんなり乗り越えることができた。

お礼を言った時には、すでにおばあちゃんは人ごみに消えていた。

こんな小さなものが、車椅子にはとてつもなく大きな障害物になることを知った。

そして、できる人ができる時にできることをするだけで、世界は少しだけ優しくなっていくと、あの小さなおばあちゃんが教えてくれた。

診察には何とか間に合って、おじいちゃん先生は両手を広げて迎えてくれた。

申し訳なさそうに、ついていた研修医に、私に何があったかを説明する。

「自分が診ていたにも関わらず、脳卒中を起こしてしまった。だから彼女は私の特別な患者なんだよ。」

そう言ったおじいちゃん先生はその後しばらくしてリタイアし、その時の研修医が、今では私のスペシャリストになっている。

*******

いよいよスタゲットの日がやってきた。スタゲットとは、結婚式を控えた花嫁とその女友達のパーティーのことだ。バチェラレットパーティーとも言う。

久しぶりにおしゃれをしてお化粧もする。鏡を持つ左手が後遺症で揺れに揺れて、顔が映らないので笑ってしまう。

友達のアンディに少し手伝ってもらって、何とか福笑いみたいな顔にはならずに済んだ。

靴だけはスニーカーで我慢するしかない。そもそもまだ歩行器なしでは歩けないので、ヒールなどもってのほかだった。

準備ができたところで、Dry Barという髪の毛のブローセット専門のお店に行った。

みんな大騒ぎでそれぞれストレートアイロンをしてもらったり、アップにしてもらったりした。

私は当時、二日に一度ぐらいはシャワーに入れたが、左手に力が入らないため、髪を洗うのに苦労していたので、時間がないところを頼み込んでシャンプーもしてもらった。

きちんと髪を洗ってもらうのは極楽だった。くるくる巻きにセットしてもらったが、なんかちょっとイメージしてたのと違う。

メドゥーサみたいだ。

花嫁のカイリーのブロンドでくるくるふわふわの髪と比べるとなおさらだ。

でも楽しいから、髪がヘビで、ワンピースにスニーカーという若干おばさんぽいスタイルでも気にしない。

その後レストランに移動し、総勢30名ぐらいの女友達と一緒に食事をした。

レストランの二階を貸し切りにしていたが、二階へは階段しか行く方法がないことを、あらかじめ友達のリトゥが私のために調べておいてくれた。

万が一私が階段を昇れない時のために、リトゥのご主人、ジェリーがオットと一緒に私を車椅子ごと運び上げるつもりで、一階のバーで待機していてくれた。

何て親切なんだろう。ジェリーにも一生頭が上がらない。

手すりにつかまって何とか横向きでよちよち昇り、オットとジェリーにつかまりながら自分の足で降りることができたので、彼らの腰を痛めつけることにはならなくて、私は心底ほっとした。

いちいち動きの鈍い私を、参加者の誰もが特に迷惑がるわけでもなく、特別扱いするわけでもなく、さりげなく手を貸してくれたり、気をかけてくれたりしたので、私は臆することなく過ごすことができた。

この自然な感じが、何よりも心地よく、普通の事が普通にできるってこんなに幸せなことなんだと、初めて知った。

楽しい時間はあっという間に過ぎる。たくさん食べて、喋って、笑って、他のみんなはその後踊りに行ったけれど、私はレストランで引き上げた。

頭の中の小さなおじさんたちも限界が来ていた。

私の決めた第一のゴールは、こうして大満足のうちに達成され、家に戻って、電池が切れたようにベッドになだれ込んだ。

(#9へ続く)

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