![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/101091783/rectangle_large_type_2_fed4c7f54f387b5eb1bb721e1669d16e.jpeg?width=1200)
Flying Solo (渋谷 前編)
ClubhouseというSNSで知り合った人たちに会う、というのが今回の旅の目的のひとつだった。
地元の友達に何それ?出会い系?と聞かれ、まあ近からずも遠からずかと笑ったが、いざ説明するとなると難しい。
世界中の人たちが話し合える場。音声でのSNS。テーマがあったりなかったり、話し合う内容はそれぞれだし、ただ聞いているだけでもいい。
大概いつも行く場所 = 部屋は決まってくる。テーマに興味があったり、繋がった人がそこにいたりするからだ。やがてそこにだいたい同じ人たちが集まってきて、しばらくすると声を聞くだけで誰か分かるようになってくる。
アイコンで顔を出している人もいるが、基本的には音声のみ。不思議なもので、顔が見えない相手でも、その話し方、内容、言葉の選び方などで、何となくその人がどういう人かはわかるものだ。そして想像以上に魅力的な人がたくさんいる。
そんな素敵な人たちに直接会いたいとずっと思っていた。それを叶えるのが目的のひとつだった。
最初に会ったのは東京の人たち。渋谷のヒカリエで会いましょう、ということになった。
ヒカリエって何?
昔の東急文化会館だよと言う。いやだ、それならそう言ってよ。だいたいヒカリエって何よ。変な名前つけないでよ。
新しい名前にキレて、昔の父を思い出す。めまぐるしい変化についていけないオジサンみたいになってる私。
渋谷すごい変わったよ。地下道はもっと分かりにくくて渋谷ダンジョンって呼ばれてるの。
そう言われても、いやいや何もそんな、魔物がいるわけでもないし、と受け流していた私が間違っていた。
私は渋谷で育ったと言っても過言ではない。3歳までは目黒で、それ以降は杉並で過ごしたので、どこかにでかけるという時はたいてい渋谷だった。
その昔東京都児童会館という施設が渋谷にあって、目黒時代は母に連れられてよく行ったし、母から私と妹の子守りを頼まれた叔父たちは、気候のいいときは西武の屋上や代々木公園で遊ばせ、暑い日や寒い日は映画館やプラネタリウムに連れて行った。
初めて子供だけで電車に乗って出かけたのも渋谷だし、中学からは買い物したり映画を観るのはいつも渋谷だった。高校時代には友達と会うのはほとんど渋谷で、夜遊びを覚えたのもその頃だ。短大に通うのも渋谷経由だったし、大学を出て入った会社も渋谷にあった。
目をつぶったってどこに何があるかわかる。それなのに、渋谷で友達と会う約束してると言うと、母と妹が揃って
あんた、迷うよ
と言う。私はたかだか3年帰って来なかった程度でそんなこと言われて、バカにしてもらっちゃ困りますよ、ふふんっと鼻で笑った。
いやいやほんとにと言って、妹がこまごま説明した後、
自分がどこにいるかわかんなくなったら外に出な。その方が分かるから。
と言い放った。何言ってんの、そんなの井の頭線の改札出てチョチョイのチョイ。逆立ちしたって行けますよ。
いや行けない。
自分がどこにいるか分からない。迷った挙句に銀座線に乗ってしまいそうになる。
地下じゃなくても魔物、います。こわい。
泣きそうになりながら、何とか約束の場所にたどり着いた。
初めて会ったその人たちは、声から想像してた通りとても気持ちのいい素敵な人たちで、何だか懐かしいと思ってしまうくらい、まるで昔からの友人のようにすっとその場に馴染んでしまい、初めましてと挨拶するのを忘れたぐらいだ。
声から得た情報で勝手に私の頭の中に作り上げていたその姿が、目の前のその人たちとひとつも違っていないことに圧倒された。
現実離れしているような、でもしっかり足を地につけているような、不思議な感覚。だけどとてもしっくりくる。
8階のレストランからオレンジ色に暮れていく渋谷の街を眺めながら、縁あってこの人たちとこんな風に繋がれた幸せをじんわり味わっていたら、渋谷での色んな思い出が、子供の頃プラネタリウムで見上げた星のシャワーみたいに、頭上に降ってきた。
疲れると一息つきに行っていた隠れ家みたいな喫茶店。飲食店から出たゴミを漁るカラスたちを横目に小走りで毎朝通勤していた裏通り。失恋して泣きながら親友に電話した夜。
心が時空を超えてあちこちに旅をする。当時と今の感情が混じり合って、瞬きしている間にぱっと昇華する。
突然、私はこの感覚をしばらく忘れていたことに気づいて愕然とした。
ちょっと前まで、私の頭の中は仕事のことばかりで、気持ちが他のことに向くことがなく、ぼんやり何かを思い出したり、考えたりすることも一切なかったのだ。
そんな不自然で不健康なことがあるだろうか。自分がたとえ一時でも心の自由さえ無くしていたということに、とてつもなくショックを受けた。
そうか、だから私は仕事を辞めたんだ。
変わりゆく渋谷の街で、私はゆっくりと自分がどういう人間なのかを思い出していった。
(後編へ続く)