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#17 本当の強さと祖父が遺した言葉
祖父が遺した言葉と当時の自分を思い返して、本当の強さとは何かを考えさせられたというお話。
脳出血で倒れた後のあれやこれやを書いています。初めから読んでみようかな、という方はこちらからどうぞ。
前回の投稿から、なぜ私は自分のネガティブな感情を見ないふりしていたのかをずっと考えている。
つらいとか悲しいとか言って、誰かに同情されるのはまっぴらごめんだった。
誰からもかわいそうだ思われたくなかった。
だけど、誰がかわいそうだと思うと言うのか。冷静に考えて、元気そうにしている私を見てかわいそうだと言う人はまずいないだろう。
それに声をかけてくれる人は皆、思いやりに溢れていて、とても優しく、力づけてくれようとしていたことは、私だってわかっていた。
不遜もいいところである。
それでも強い自分でいたかった。こんなことは何でもないと思おうとしていた。
自分が弱いと分かっているから、頑なまでに強がらないと、ちょっとのことでぐずぐずと崩れてしまうのではないかと怖かったのかも知れない。
でも恐らく、崩れたってきっとそんなに大したことにはならなかっただろう。
それに崩れたとて支えになってくれる人は周りにいるはずで、私はその差し伸べられた手を取って立ち上がり、埃を払ってまた歩き出せばいいだけだ。
それなのに誰かの善意や好意に甘えられないのは、やはり母の言う通り、人間の幅が狭いのだ。
そして、現実に対する認識がこんな風に歪んでいるなんて、冷静なようでいて、私はちっとも冷静ではなかったと言うことだ。
私の友人は今、脳腫瘍を患っているご主人のために仕事を休んで付き添っている。
心と身体が悲鳴を上げないよう、助けて、手伝ってと言える彼女こそが本当に強い人だ。
彼女が頼ってくれて、私は心から嬉しかった。この喜びを、くだらない強がりのせいで、私はきっと周りにいる大切な人たちから奪ったのだ。
渦中にいる時は見えなかったことも、これだけ時間が経ってようやく見えてくるようになった。
*******
復帰して1年半ほどした頃、私は10年続けた仕事を辞めることにした。
ちょうど親会社が子会社のわれわれを手放し、他社に手渡ったタイミングだった。
仕事は楽しく、とても好きだったけれど、体力的にも限界がきていた。いい機会だと思った。
辞めたと同時に、市内のホテルのフロントと電話交換手の仕事に就いた。
新しい環境でやる気満々だったけれど、シフト制の仕事だったので、まだまだ体力のなかった私は、くるくる変わる仕事の時間帯にうまく適応できず、次第に心身ともに調子を崩し、続けられなくなった。
結局その仕事も辞めて無職になった。
なにしろどうしようもないガンコちゃんなので、それまで何かを途中でやめることなどほとんどなかったから、続けられない自分が何だか出来損ないのような気持ちになって、しばらくはめそめそと泣いて暮らした。
そのうち、日本にいる祖父の癌の具合が悪く、もうあまり長くないと連絡があったので、しばらく祖父に会いに日本に帰ることにした。
余命宣告されても、祖父は自分であれこれ本を読んで調べ、放射線治療を試してみたいと医師に直談判して、治療を受け始めていた。
通院しながら放射線治療を受ける祖父に付き添って病院に行くと、祖父は担当医師に、孫がカナダから来てるから、このピンポイントで放射線をあてられる装置を見せてやってくれと、頼み込んだ。
見てみたいなんて一言も言っていないんだけどな。
祖父はそう言うちょっと子供みたいな無邪気なところがあった。凄い装置だからさあ見なさい、というわけだ。
戸惑いながらも、じゃあまあそう言うことならと見せて頂くことにした。
でも説明されたところで、はっきり言って何が凄いのか全く分からない。
見せて下さった技師の方に、カナダでこう言うお仕事をなさってるんですかと聞かれて困った。
いやあのまあ全然違うんですけど、ははは。と笑うしかなかった。
満足した祖父は、病院の帰りにうどんを食べ、湖を見に行って、スターバックスで甘いカフェモカを美味しそうに飲んだ。
そうしてその調子で、祖父は私がカナダに戻った後、食道にあったいくつかの癌をやっつけてしまって、余命2、3ヶ月を一年ほど延ばした後、大往生した。
祖父はファイターぶりを大いに発揮して、最期まで楽しく力一杯生き抜き、私にもその血が流れてることを教えてくれたのだ。
その祖父が、私が脳卒中で死ななかったのは、まだこの世に縁があるからだ、縁が切れると人はあの世に行くと、いとこに言ったそうだ。
私はそれを、まだまだこの世でやるべき事がある、拾った命をそれに使えと言われたと受け取った。
さあ困った。どうしたらいいんだろう。自分の命を何に使うのか。
とんでもなく壮大な問題を突きつけられてしまった。
(#18に続く)