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#4 頭の中の小さいおじさんたち

もし、私の話が誰かの記憶のどこかに少しでも残ったなら、私もいつかどこかで誰かの力になれるかも知れない、という思いで、病気のこと、回復の過程のこと、あの頃思ったことなど、少しずつ書くことにしました。もしご興味があればのぞいてみて下さい。そして私が今振り返って笑っちゃうことを、一緒に笑って頂けたら嬉しいです。

GFストロング リハビリテーションセンターは、私の住むブリティッシュコロンビア州屈指のリハビリ病院だ。GFストロングとは創設者の名前だけれど、入院したら何だか屈強になれそうだ。

着いてそのまま病室に案内された。二人部屋で、私のルームメイトはシェリルというほどんど耳の聞こえないおばあちゃんだった。

彼女は窓側、私はドア側のベッドで、隣の部屋との間に、どちら側からも入れる共同のトイレがある。

シェリルばあちゃんに名乗って挨拶したけど、退院するまで一度も名前で呼ばれることはなかった。

ナオコなんて、今まで聞いたこともない日本人の名前は、彼女には覚えるのが難しすぎたのだろう。

ここでは着いた途端、基本的に全て自分のことは自分でやらされる。

最初にしたのは、持ってきた荷物を棚や引き出しにしまうことだったが、何しろ左手が思うように動かせず、力も入らないから、延々と時間がかかる。たったそれだけの作業をしただけでヘトヘトになった。

入院すると、患者一人一人にそれぞれサポートチームが編成される。

人によって多少違いがあるのかも知れないけれど、私の場合は担当医師、理学療法士(Physiotherapist/PT)、作業療法士(Occupational Therapist/OT)、ソーシャルワーカーで構成され、チーム内で私のリハビリ進捗状況や体調、精神状態などの情報が共有される。

そしてまず患者自身が中期的なゴールと最終的なゴールを設定して、チーム全体でそれを達成していくためのプログラムが組まれる。

完全に仕事に復帰することと、車の運転ができるようになることを最終的なゴールに据えて、中期的には、あと2週間ほどで開催される友達のスタゲットに参加することとした。

スタゲットとは、バチェラレットパーティーとも呼ばれるが、結婚式を控えた花嫁とその女友達が集まってするパーティーのことだ。

海外でのリゾート挙式だったので、結婚式に出席するのは現実的じゃないとは分かっていたけど、せめてスタゲットには行きたかった。

朝まで飲んで踊り続けるなんてことはできないだろうけど、せめて食事に行くぐらいのことはしたかった。

その時点で私はまだ歩けず車椅子だったが、担当医は、

「うーん、まあ結構なチャレンジだけど、不可能ではないかな」

と言って反対はしなかった。

その日からついにひとりでトイレに行くようになった。いちいち時間がかかったけれど、もうそんなことはこれっぽっちも問題ではない。

再び独立を勝ち取ったその日のことを、私はインディペンデンスデイと呼び、握った拳を天高く突き上げて心の中で雄叫びをあげた。

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初めに運ばれた総合病院でも、このGFストロングでも、患者やその家族が脳卒中や脳のことについて説明を受ける機会がことあるごとに与えられ、私はたくさんのことをそこで学んだ。

脳卒中には大きく分けて二種類あり、一つは脳血管が血栓で詰まってしまう脳梗塞、もう一つは脳内で出血が起こる脳出血。

脳梗塞の場合は、血栓を薬で溶かすか、手術で直接溶かすか取り除く必要があって、発症してからおよそ2時間以内に病院に行かなければならないという。

私の場合は脳出血で、特に取り除かなければならないような血の塊もなかったので、血圧を下げ安静にして、それ以上の出血を防ぐことが最優先された。

脳梗塞の場合は、血管が詰まって血液がその先に行かなくなり、組織が壊死するために障害が起こる。脳出血の場合、血液に直接触れた脳細胞は死んでしまうために障害が起こる。

どのような後遺症が出るのかは、脳のどの部分がダメージを受けたかによる。

主な後遺症は麻痺、痺れ、感覚障害、嚥下障害など、身体機能に起こる障害と、言語、記憶、情緒などの認知機能に起こる障害などがある。

いずれにしても、一度死んでしまった脳細胞は生き返ることはない。

だけど、一部の脳細胞が死んでしまっても、周りの脳細胞がその死んだ細胞が担っていた役目を引き受けて、神経回路の配線をし直して、またその機能を復活させようとする。

脳の半分を失ったとしても、もう半分がそれをカバーするよう配線がしなおされ、再び機能するようになるという話も聞いたことがある。

脳はえらいのだ。

                      私はその話を聞いてから、自分の頭の中に、昔のビートたけしのキャラクター、鬼瓦権蔵みたいな、作業着を着てヘルメットをかぶった小さいおじさんたちが、トンテンカンテン突貫工事をして配線を繋ぎなおしているイメージが離れないで困っている。

妹も同じことをイメージしていたらしい。おバカ姉妹は考えることが同じだ。

その小さいおじさんたちと、サポートチームと、そしてわたしのファミリーと共に、リハビリの日々が始まった。

(#5へ続く)

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