マラソンに役立つ、フードファイトの精神論
ランナーならば一度は「1kg減量すれば、フルマラソンのタイムは3分縮まる」という話を聞いたことがあると思います。体重増加は足に負担をかけるため、ケガの確率も倍増します。ランナーは節度を持って食と向き合うべきだと思います。しかしそれとは別に、フードファイトとマラソンには共通点があります。フードファイトは、4kgとか5kgとか、ふつうなら余裕で吐くくらいの量を食べる我慢系競技です。マラソンも、フードファイトほどではないけれど、ある程度我慢系競技の要素があると言って良いでしょう。そこで、フードファイターたちがどんなことを考えてゴールに向かっているのか?その精神論や心構えを参考にしてみましょう。
『満腹中枢が満たされて来ると、飲み込む力がなくなります。』『先を見すぎず、目の前の一口だけに集中し、それをひたすら繰り返すだけ』『時間の経過と共に、一口を繰り返す事で、確実にゴールには近づき最後は食べきれます。』
為末大さんもその著作の中で「自分が限界を感じたときが、本当の限界であるわけではない。」ということをおっしゃっていました。「うわ、こんだけキツいの続けるとか不可能だよ」と思ったら、首を横に振っていまの1km、100m、1歩に集中する。その積み重ねがゴールに近づくのです。
『「食べても食べても減らない。」という思いをした事は大食いチャレンジする上で必ず感じた事がある』『既に敗北を喫した瞬間です。頭をふとよぎる事があっても絶対に認めてはいけません。』
12km地点を経過したとき、「まだ、たったの4分の1チョイかよ!」と思うのか?「いつもやってる10km走、残り、それのたったの3回分だぜ?」と思うのか?これが結果につながるんです。コツは、「まだあと〇〇もある」と思ったら、それを「あとたったの〇〇しかない」に言い換えることで、それを脳に言い聞かせることです。
「克己心」
これは、大食い、、ではなく、マラソン世界王者であるキプチョゲが大切にするマインドです。脳は放置すると快楽系へ、つまりラクな方へラクな方へと向かいます。そんな己に克つためには、我慢をすること。我慢するということは、「心に番人を置いて思考を制御・整理すること」、もっと平たく、「脳を騙すこと」だとも言えます。
キプチョゲがキツくなったときにあえて笑うという話は有名です。走っている途中に笑顔を作ることで、脳が騙されて本当にラクになるのです。このカラクリは脳生理学で明らかになっています。
「欲しいから買う」⇒「見るから欲しくなる」
「楽しいから笑う」⇒「笑うから楽しくなる」
「眠いから寝る」⇒「横になるから眠くなる」
「やる気が出てからやる」⇒「やればやる気が出る」
一見「心が先」と思えることでも、実は「体が先」だったりすることは少なくないのです(池谷裕二さんの著書に詳しい)。つまり、「疲れたから苦悶の表情をする」ではなく、「苦悶の表情をするから疲れる」
とも言えるわけです。
また、大食いって特殊能力のような感じもしますが、意外と『素質とか特別じゃない』『大食いなんて取り組み方次第で誰でも出来るようになる』なのだそうです。プロランナーや実業団で活躍するタレントは別として、マラソンはある程度までは素質に関係なく上達できるものです。それを左右するのは、第一に「取り組み方次第で誰でもできる」という意識そのものだと思います。「素質が無いからダメだ」と思うことそのものが素質の無さで、「素質が無いからダメだ」と思わない人は、その時点で素質がある人なのです。それではフードファイターたちはどのように取り組んでいるのでしょうか。『多く食べられるようになる為にする訓練・・・これは、限界まで食べる事に限る』マラソンも、ぬるすぎるトレーニングでは強くならない。キツすぎたら故障してしまう。速くなるためには、「ケガ・故障をしない、できるだけギリギリでトレーニングを積むこと」です。って、少し精神論から外れてきてしまいましたので、克己心の話に戻します。
ここまで述べたように、まず克己心はただの根性論ではないということを理解していただけたら幸いです。狙い通りに思考を整流化する技術でもあり、脳を騙す技術でもあるということです。そして、克己心を養う訓練は、チーム練習よりも、個人練習の方が良いと思います。ペーサーに引っ張ってもらって仲間と一緒に走るチーム練習は、楽しい反面精神があんまり鍛えられないんです。チーム練習に偏ったランナーは、本番に弱い傾向がある印象です。寒い日。風の日。キツい坂道。誰が見てくれているわけでもない。孤独で厳しいコンディション下で、泣きたくなるようなトレーニングを、一人で内面と向き合いながらこなしていく。こうした練習で本番に強いメンタルを培うことができるのです。