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読書記録 [グリニッチ・ヴィレッジにフォークが響いていた頃 デイブ・ヴァン・ロンク回顧録]

1936年にブルックリンに生まれた少年がトラッド・ジャズに目覚め、やがてブルースやフォークソングに熱中し、若者たちの社会運動や貧乏暮らしの中から、徐々にグリニッジ・ヴィレッジに形成されてゆくフォークミュージック・シーンの中心人物になっていく。

当時「再発見」されつつあったミシシッピ・ジョン・ハートやRev. ゲイリー・デイヴィスなどの伝説的なミュージシャン、あるいはピート・シーガーやデビュー前のジョニ・ミッチェルなどとの交流もありつつ、今度は逆に筆者に憧れる若者だったボブ・ディランが、スターになる。

周りが変わっていく中で、デイヴ・ヴァン・ロンクはミュージシャンとして歩み続ける・・・といった回顧録で、デイヴ自身の語りに、共著者イライジャ・ウォルドによる取材やインタビューを加えて、巧みにひとり語りとして構成されている。

活き活きとした描写、ウィットとユーモア、音楽とそれを生み出した先達に対する深い敬意にすっかり乗せられ、一気に読み終えてしまう。
ドキュメンタリー的な見方をすると、「再発見」され、都市にもたらされたFolk Songが「フォークソング」というジャンル(もっと言えば商品)に変わっていく過程を描いたレポートとも言える。

また、ストーリーテリングの面白さでは、「こっちにいいライブの仕事があるぞ」という友人の誘いだけを頼りに、生意気な「レッド・チーフ」を含む3人組でカリフォルニアまで旅する章などは、声を出して笑わされた。(この章はまるで爆笑ロードムービーだなと思ったら、この本自体が「インサイド・ルーウィン・デイヴィス」という映画のベースになっているとのことで、Amazon Primeで見始めたところ。この章は映像化されているだろか?)

脱線しますが、サム・チャーターズやポール・オリヴァーなどによって聞き込まれた南部のブルースマンの話を読んでいると、個人的には宮本常一の「忘れられた日本人」を思い出す。
「身分」というものが明確にある時代、現在のコミュニケーション・インフラがない時代の、放浪者や世間知(せけんち)豊かな人々の記録。
このデイヴ・ヴァン・ロンクの語りは、そういったブルースマン達のストーリーとは時代も地域も人種的背景も違う。

しかし例えば、PCの前でオーバー気味にあいづちをうちながらのweb会議やチャットでやりとりすることを「ニューノーマル」などと呼ばされようとしている現時点の我々から見て、ひたむきに演奏に取り組み、仲間と議論を戦わせ、人とのつながりで街やハコを行き来するデイヴ・ヴァン・ロンクの語りは、もはやFolk(民俗) Storyのそれと言ってもいいような喜びと懐かしさを与えてくれる。


以下は余滴のようなものだが、

局所的な話として、当時のジャズ・シーンの様子やサイモン&ガーファンクル、エリック・フォン・シュミットやフランク・ザッパの話など音楽的交流の話や、当時の左翼運動など、読者の興味によっては掘り下げ甲斐のある話がたくさん出てくる。

あと、こういう昔のミュージシャンものの伝記本にはえてして、その時代のローカルな隠語的・間違い文法表現の訳を工夫した結果、日本語としてはなんだか変なくさみ・伝わりにくさをともなう訳語が頻出しがちだけれど、この本には全くそれがなかった。著者の客観性もあるのだろうけど、訳も素晴らしいのだと思う。

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