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【書評】ミゲル・シカール『プレイ・マターズ 遊び心の哲学』

遊具における形式と流用
評者 | 中尾直暉 (@_nko_nok)

いたずらっ子の遊び方

 公園には様々な遊具が設置されている。ブランコや滑り台などの見慣れたものもあれば、ぐるぐると回転する少し危険なものもある。どのような形の遊具であれ、その遊具の設計者は何らかの遊び方を想定して設計をしている。しかし、子供のころを思い出せばわかることだが、遊具の正しい遊び方を読み取って遊ぼうとする子供はすくない。子供は滑り台を逆から登り、手すりがあれば乗り越えてぶら下がるような、いたずらな心を持っている。であれば、「遊ぶ」とは何かを定義するとき、いたずらっ子の態度を含めて考えるほうが自然だろう。

 しかし、ヨハン・ホイシンガに端を発する古典的な遊戯論では、遊びを形式的なものとしてとらえてきた。ホイシンガによれば、遊びとは、日常から切り離された空間で、厳密なルールに従いながら行う儀式的な行動であるとした。★1 ロジェ・カイヨワはホイシンガの理論を継承し、さらに詳細な分類を行った(横軸に競争・運・模擬・眩暈、縦軸に遊戯・競技というように)。★2 これらの古典的遊戯論には、あらかじめ定められたルールを逸脱するような遊び方は例外視されてしまう。そこで、ゲームスタディーズの第一人者であるミゲル・シカールは古典的遊戯論をアップデートすべく、2014年に『PLAY MATTERS』を著した。

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『プレイ・マターズ 遊び心の哲学』(2019) 
著:ミゲル・シカール 訳:松永伸司

遊びにおける流用性

 著者が定義する遊びの特徴は7つあり、文脈依存的、カーニバル的、流用的 、撹乱的 、自己目的的、創造的、個人的、というものだ。これらのうち本著で最も重要視されているのが、遊びの流用性である。本著で取り上げられている例のなかで、興味深い遊びを一つ取り上げてみよう。「メタケトル」という遊びがある。2009年から2012年の間に世界中で大衆抗議運動がおこった。この時話題になったのが、警官隊が大人数で輪になってデモ隊を取り囲み、動きを制圧する作戦「ケトリング」である。メタケトリングという遊びは、なんと警官隊にケトリングされているデモ隊がおこなう遊びである。警官隊に囲まれたデモ隊は動物の名前を叫んでいくつかのチームに分かれて輪を作り、輪に取り込まれた人はそのチームに入るという具合で輪を大きくしていく。そうすることで、まるで警官隊までもがゲームに参加しているような風景をつくり、制圧されているという状況を覆すのである。この遊びは、ケトリングされているという悲劇的な状況を流用(所定の目的以外のことに用いること)し、その状況でしか意味を持たない遊びを発生させている。メタケトリングは状況を流用した遊びの最たるものであるが、遊びとは往々にして流用的であると著者は主張する。

「遊具の設計」の矛盾に向き合う

 滑り台という遊具は、階段から登って滑降部(平たい部分)から滑り降りるという形式が設計者によって規定されている。この形式を流用して、いたずらっ子は滑降部からどれだけ駆け上がれるかに挑戦する。これは、著者からみれば、形式を流用した遊びなのである。ここに遊具を設計するうえでの矛盾が生じる。どんな形式を設定しても、その形式は流用されて遊ばれることになる。しかし形式を設定しなければ遊具とは呼べないのである。

 考えられる解決策は2つである。1つは、流用を許さない強固な形式を設定することである。滑り台の例で言えば、駆け上がることができないように滑降部をローラー式にしたり、手すりを乗り越えられないように金網で頭上まで覆ったりすることである。もう一つは、流用を前提にした遊具を設計することである。例えば、モルタル製の有機的な形の遊具(タコの山など)がある。それらの遊具は、どこから登ってどこから滑るのかが曖昧で、手すりはそもそもないか、あっても簡単にのりこえて想定外の部分に飛び移ることができる。形式がゆるく設定されているために、流用の欲求に容易にこたえられるのである。

 遊びを状況の流用ととらえると、いたずらっ子は肯定され、彼のための遊具を考えられるようになる。遊具の設計が抱える矛盾に設計者は正面から向き合い、新たな遊び場を設計するための視点を、PLAY MATTERSは私たちに与えてくれる。


【註】
★1 Johan Huizinga, “Homo Ludens” Random House, 1938
★2 Roger Caillois,“Les jeux et les hommes”,Gallimard,1967

書誌

著者:ミゲル・シカール
書名:プレイ・マターズ 遊び心の哲学
訳者:松永伸司
出版社:フィルムアート社
出版年月:2019/04/30

評者

中尾直暉 (@_nko_nok)
1997年 広島県広島市生まれ
1999年 長崎県佐世保市で育つ
2016年 早稲田大学創造理工学部建築学科 入学
2020年 早稲田大学創造理工学部・研究科 吉村靖孝研究室所属

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