第4話「それはいつか味わったカレーのように」
「カレー! にらみつける!」
「ひいー? ……ひいーぃ!」
アカリから受けた初めての指示に一瞬戸惑いを見せたカレーだったが、すぐに切り替えてムックルを“にらみつける”!
その鋭い目つきはムックルをおびえさせ、ムックルは体がこわばり防御がさがった!
「むっくっくっくっくっくるーっ!」
しかし、ムックルも負けじと二度目の“たいあたり”で反撃。カレーに確実にダメージを与えていく。
「カレー! 大丈夫?」
「ひいーぃ!」
「うん。じゃあ、ひっかく!」
「ひいーぃ!」
防御の下がったムックルに、鋭くとがった鋭い爪で反撃するカレー。いつものように、“たいあたり”と“ひっかく”の応酬が始まる。
しかし、今回のアカリには秘策があった。
――先刻。
「おねえさんたち、頑張ってますね!」
「はいっ!?」
びっくりして振り向いたアカリに、優しそうなお姉さんがフレンドリーなスマイルをくれる。
「失礼しました。びっくりさせてしまったみたいですね。わたくし、フレンドリーショップの店員です!」
「あっ……、はぁ……」
思わず気の抜けた返事をしてしまい恥ずかしくなったアカリが、もしかしてと思ったその時。店員さんがにこやかに言った。
「頑張ってるお姉さんたちに、こちらをどうぞ!」
「……いいんですか?」
「はい! もちろんです!」
アカリはやっぱり、と思いながら遠慮がちにその道具を受け取る。
そう、その道具こそが今回の秘策――。
「ひいーぃ!」
三度目の“たいあたり”を受け止め、“ひっかく”で反撃したカレーの様子を見てアカリは思う。
――そろそろ頃合いかな――
「カレー! こっちに来て!」
「ひいーぃ? ひいー!」
四足歩行で駆けて来るカレーを前に、アカリは先ほどフレンドリーショップの店員さんから貰った道具を取り出す。
それは、スプレー式の“キズぐすり”。ポケモンの体力を回復する便利な道具だ。
「カレー、いくよ」
「ひーぃ? ……ひいー!」
シューとスプレーを噴くと、カレーはびっくりして声を上げる。
「ごめんごめん、びっくりしたね」
「ひいーぃ! ひー!」
謝るアカリにカレーが元気そうな笑顔で答える。無事、カレーは元気一杯になったようだ。
「むっくっくっくっくっくるーっ!」
そこへ、ほったらかしをくらっていたムックルが突っ込んでくる。
「ひぃー!」
“たいあたり”を受けて鳴き声を上げるカレーは、しかしまだ余裕たっぷりに立っている。いつもなら四回も“たいあたり”を受けたら倒れてしまうのに。“キズぐすり”が効いた証拠だ。
「さあ、カレー! ひっかく! 今回こそ勝とう!」
「ひいーぃ!」
気合たっぷりに返事をしたカレーの爪が、ムックルの体力を削り取る。これならいける、アカリがそう思ったその時。
「むっくっくっくっくっくる~っ!」
ムックルが突然、可愛い“なきごえ”でカレーの気を引いた。こんな鳴き声を聞けば、気が抜けて攻撃が下がってしまう。
「やば……」
アカリの頭に確定数という単語が浮かぶ。現実のポケモンバトルにそんな概念が適用できるかは定かでなかったが、マズいのは確かだ。
アカリはもうキズぐすりを持っていない。そして、当然この世界のお金も持っていない。この機を逃せば、もうこんなチャンスは訪れないだろう。
だからこそアカリは、ムックルにしては珍しく全然“なきごえ”を繰り出してこない攻撃的な個体が出てくるまで待っていたのだ。
「ひいーぃ!」
しかし、そんなアカリの不安をよそに、カレーは懸命にムックルを“ひっかく”!
――ばか! 私が弱気になってどうするんだ!―――
「カレー! 頑張って!」
右手をぎゅっと左手で握り、アカリが声を張り上げる。
「むっくっくっくっくっくる~っ!」
そんなアカリたちの油断を誘うように、ムックルがまたも可愛い“なきごえ”で気を引いてみせる。
「お願い……!」
しかし、アカリは惑わされない。
“がんばりや”で“打たれ強い”カレー。ここまで何度も敗北を重ねて、それでもめげずに、楽しそうに、笑顔でバトルに挑んできたカレー。
カレーはきっとここで負けても、ポケモンバトルをやめることはないだろう。強くなることをあきらめたりはしないだろう。きっと笑顔でまた、二〇一番道路でポケモンバトルに励むはずだ。
でも、だからこそ。短い時間ではあるけれど、そんなカレーのひた向きさと純粋さを見てきたからこそ、アカリはカレーに勝って欲しかった。むくわれて欲しかった。今、勝って欲しかった。
「カレー! ひっかく!」
「ひいーぃ!」
カレーの爪が、ムックルを“ひっかく”!
「むっくっくっくっくっくるーっ!」
ムックルの鳴き声が一際大きく辺りに鳴り響いた。そして、野生のムックルは倒れた!
「…………カレー!」
「ひいーぃ!」
「カレー! カレー!」
アカリは駆けだし、膝をついてカレーを抱きしめる。
「カレー! カレー! やったね! おめでとう!」
「ひい~ぃ!」
「よく頑張ったね! すごいよ! すごいよ! お疲れ様!」
「ひいーぃ! ひい~ぃ!」
カレーの初めての勝利の味を、アカリはぎゅっと味わう。カレーのあったかさをぎゅっと感じて、アカリの目に幸せの雫がこみあげる。
「……」
そんな様子を、少し離れた所から見ていたフレンドリーショップの店員さんは、にっこり笑ってその場を後にした。
――カレーは
レベル2 に あがった!――