1日目_夜_コガネシティ
――ここは コガネ シティ
ごうか けんらん
きんぴか にぎやか はなやかな まち――
「まだお腹、大丈夫?」
「もじゃ」
「うん。コガネに来たからには、たこ焼きは外せないけど、串カツも食べたいもんね~‥‥‥」
アヴュールとモンジャラは、人で賑わう夜の繁華街を歩いていた。
「たこ焼きは二人で食べたらあっという間だったし、串カツいっぱい食べれそう」
「もじゃー」
「ふふ。‥‥‥たこ焼き。本当に、外はカリッとしてるのに中はとろ~ってしてて、美味しかったねぇ」
「もじゃー‥‥‥」
「ていうか、たこ大きくなかった?」
「もじゃ」
「あんなたこのおっきいたこ焼き初めて食べたかも」
「もじゃ~」
「また食べたいね」
「もじゃーっ」
アヴュールは時おり電子端末の画面で道を確認しながら、モンジャラと楽しそうに歩いていく。
「にしても、ギリギリお店開いてる時間に間に合ってよかったね」
「もじゃー」
アサギシティとコガネシシティは直線距離だとそう遠くないが、地上を行くと一度北上してからエンジュシティを経由して南下しなくてはならないので、相当な距離がある。
本来ならばとてもではないが一日で両方とも観光することは難しいのだが、アヴュールはハードスケジュールを組んで、ホテルをとってあるこのコガネで夕飯を食べることにしたのである。
「今日はいっぱい歩いたし、よく寝られそー」
「もじゃ~‥‥‥」
「明日も早いし、ホテルついたらお風呂入ってすぐ寝たいけど‥‥‥」
「もじゃ?」
言葉を止めてモンジャラをじっと見つめるアヴュールを、不思議そうな顔でモンジャラが見上げる。
「‥‥‥約束しちゃったもんね。続きは、今晩するって‥‥‥」
「‥‥‥もじゃっ! もじゃっ、もじゃっ!」
モーモー牧場での出来事を思い出し、モンジャラは慌てて大きな声で鳴く。
「ふふふ。もう、モンジャラったら~。ふふふ、ふふふふふふふ」
「もじゃ~!」
「じゃあ、今日はやめておく?」
「もじゃっ! もじゃもじゃっ!」
「そんなこと言ってー、我慢できるの~?」
「もじゃっ! もじゃっ!」
「でもー、私が我慢できないかも」
「もじゃっ‥‥‥」
「‥‥‥ふふ。ふふふふ」
動揺するモンジャラを見て可笑しそうに笑うアヴュールは、急に目の前で誰かに立ち止まられて足を止めた。
「ねぇ、お姉さん。一人でしょ。よかったらさ、俺らと一緒にご飯行かない? おごるよ?」
アヴュールの前には、三人の若い男が立っていた。
「ごめんなさい」
アヴュールはそれだけ言うと、足早にその場を去ろうとする。
しかし、三人はアヴュールの行く手を囲うように塞いで立ちはだかる。
「いーじゃん。俺らこー見えてけっこうお金持ってるよ?」
「お姉さんお洒落だねー。そのショーパンとかちょー似合ってんじゃん」
「馬鹿、ヨウスケ。ごめんねー。こいつはちょっとチャラいけど、俺らはそういうんじゃないから。あっ、俺ケンタね。よろしく」
「‥‥‥あの、私モンジャラがいるんで」
そう言って強引に脇を抜けようとするアヴュールの前に、男たちはしつこく出てくる。
「いや、モンジャラって」
「いいよいいよ。モンジャラも一緒にご飯食べよう。おごってあげるからさ」
「‥‥‥あの。本当にごめんなさい」
「ちょっと待ってよー」
「うわぁ、いて!」
「もじゃっ!」
男の一人がわざとらしくモンジャラにつまずき、蹴飛ばした。
「ちょっと! やめて下さい。――モンジャラ、大丈夫!」
アヴュールがモンジャラを抱きかかえる。
「ごめんごめん。小さくて気づかなかったよ」
そう言う男の後ろで、ずっと静観していた男がポケットからゴージャスボールを取り出しポケモンを出した。
「りぃきー!」
外に出た“かいりきポケモン”のゴーリキーが雄叫びを上げるように鳴き、通行人が迷惑そうにそれを避けて通り過ぎていく。
「出た、リュウジさんのゴーリキー!」
「俺のゴーリキー、なんで進化させてないかわかる? ポケモンって、進化させた方が強くなるけど、進化させない方が成長は早いのよ。だから、あえてゴーリキーまでは進化させて、止めてるわけ。ま、進化しないモンジャラ使ってるお姉さんにはわかんないかもしんないけど」
「リュウジさん、強いだけじゃなくて頭いい~」
「リュウジさん、ここらじゃ一番ポケモン強いから」
「お姉さん、俺と勝負しようぜ。俺が勝ったらお姉さんにご飯おごってあげるよ」
「リュウジさん優しい。勝ってご飯奢ってあげるとか、男気ありまくりじゃないすか!」
盛り上がる男たちをよそに、アヴュールは少し怒った顔で言う。
「ごめんなさい! 私、ポケモントレーナーじゃないんで! ――行こう、モンジャラ」
そう言って立ち去ろうとするアヴュールの腕の中から、リュウジに顎で指示されたゴーリキーがモンジャラを強引に引き抜く。小さな悲鳴を上げたアヴュールから引き離され、モンジャラはかたいアスファルトの上に投げ飛ばされた。
「りぃきー!」
「やめてください!」
「いーからいーから。ポケモンは戦うもんだからさ。戦わせない方が可哀そうだって。大丈夫大丈夫。じゃあ、ゴーリキー。“けたぐり”!」
「りぃきー!」
ゴーリキーは宣戦布告のように叫ぶと走り出し、モンジャラの足元を力強く蹴って歩道に転がした。
「もじゃー!」
転がったモンジャラはそのまま、見下ろすゴーリキーを見上げる。
そして突然、ぴゅぴゅぴゅっと小さな種をはなった。
「‥‥‥りぃきー?」
種を足元にぶつけられたゴーリキーはしばし固まった後、小ばかにするように笑い始めた。
「ははは。なんだ今の! お前ら見た!? 可愛いねぇ、お姉さんのモンジャラ。何今の、“タネマシンガン”? “タネばくだん”? あんなちっちぇータネ、見たことねぇーよ!」
「りぃーき~」
「モンジャラ‥‥‥」
アヴュールは男たちに馬鹿にされるモンジャラを見つめ、小さく呟いた。
「おら、ゴーリキー! もう一回“けたぐり”!」
「りぃきー!」
「もじゃー!」
起き上がったばかりのモンジャラは、再び足元を強く蹴られて転がされてしまう。
「おい、どうした? 反撃してこないの? さっきの攻撃馬鹿にされて、恥ずかしくって攻撃できなくなっちゃった? ごめんね。――ゴーリキー! 先輩としてちゃんとお手本見せてあげて!」
「‥‥‥りぃきー!」
顔をしかめて不思議そうにしていたゴーリキーは、リュウジに言われて返事をすると、無抵抗でひっくり返ったままのモンジャラにさらなる“けたぐり”を浴びせた。
「‥‥‥もじゃっ」
地面に転がっていたモンジャラが急に起き上がり、ゴーリキーをじっと見る。その時、ツタの中から強い光りが漏れ出し始めた。
「りぃきー?」
刹那、モンジャラのツタの中から強烈な光線が放たれ、ゴーリキーの全身を襲う。
「りぃきー!」
ゴーリキーは鳴き声を上げ、倒れた。
「‥‥‥はっ? 嘘だろ? おい、ゴーリキー? ゴーリキー! 嘘だろおい。一撃って‥‥‥!」
ゴーリキーに駆け寄ったリュウジは動揺し、膝をついてゴーリキーを見つめる。
「そんな‥‥‥。あのリュウジさんのゴーリキーが、一撃‥‥‥?」
男たちの間に動揺が広がる中、ケンタがハイパーボールを出しポケモンを出す。
「ぶーうぅーば!」
「なんかの間違いだろ‥‥‥。リュウジさんが負けるのなんて見たことねぇよ。今度は俺の番だ! あんだけリュウジさんのゴーリキーの攻撃食らってんだし、ほのおタイプなら負けるはずがねぇ!」
「ちょっと、もうやめて!」
「うるせぇ! いけ、ブーバー! “ほのおのパンチ”!」
「ぶーうぅーば!」
ケンタの叫びに応え、“ひふきポケモン”ブーバーはモンジャラに向かっていくと、燃える拳でモンジャラを打ち抜いた。
「もじゃー!」
モンジャラは鳴き声を上げて吹っ飛ばされるが、瀕死になることなく起き上がった。
「嘘だろ‥‥‥。効果抜群だぞ? んなわけ‥‥‥!」
動揺するケンタの前で、モンジャラが身構える。
その時――。
「やめろ、ケンタ」
「リュウジさん‥‥‥」
「俺たちの負けだ。これが負けじゃなかったらなにが負けだ!? ア!? クソっ! これ以上、恥を上塗りすんじゃねぇ!」
リュウジはゴーリキーをボールに戻すと、アヴュールを見た。
「‥‥‥わるかったな。本当にあんた、ポケモントレーナーじゃないのか?」
「‥‥‥」
アヴュールが無言で頷く。
「そうか。――モンジャラも、悪かった。つえーなお前‥‥‥」
「‥‥‥もじゃっ」
真っ直ぐにリュウジを見返すモンジャラとしばし見つめ合ってから、リュウジはアヴュールの方に戻り財布を出す。
「これは侘びだ」
「えっ‥‥‥、いりません!」
「いいから受け取れ! ポケモンバトルで負けたら賞金を払うのが俺らの流儀だ。侘び代も込みだが、受け取ってくれ」
「‥‥‥そんな、いりません」
「ちっ!」
リュウジは舌打ちするとモンジャラの方に戻り、お金をその前に置いて下がった。
「‥‥‥悪かったな。――帰るぞ、お前ら!」
「あっ‥‥‥。はっ、はいっ!」
男たちが去った後、アヴュールはすぐにモンジャラに駆け寄った。
「大丈夫、モンジャラ!」
「もじゃー!」
「すごいよモンジャラ! モンジャラはやっぱり強いね!」
「もじゃー‥‥‥」
「待ってね。今すぐポケモンセンターに連れてってあげるから」
そう言って電子端末を取り出し場所を調べようとするアヴュールを、モンジャラは止めるように鳴いた。
「もじゃっ! もじゃー!」
「大丈夫なの? でも、いっぱい攻撃されたんだし、やっぱり行った方が‥‥‥」
「もじゃっ!」
アヴュールのリュックサックをツルで示し、モンジャラが鳴く。
「たしかに、一応“きずぐすり”は持ってるけど‥‥‥」
「もじゃっ!」
「‥‥‥うん、わかった。じゃあ先、串カツ食べに行く? 時間もないし‥‥‥」
「もじゃー!」
「もう、モンジャラは‥‥‥。‥‥‥ありがとう」
「もじゃ?」
こうしてアヴュールとモンジャラは、煌びやかな夜の街に串カツを食べに消えていった。