8
8
悪魔城。
最上階、魔王の部屋。
青年に敗れ、地面に倒れた魔王は、やられたはずの魔王は、ゆっくりと立ち上がった。
「……フッ。フッハッハッ。フッハッハッ。フッハッハッハッハッハッハッハッ」
この魔王は、蘇る。
この魔王は、強力な魔力や魔術や魔法を、耐えることができないほどの強大な不思議な力をその身で受けると、仮死状態となる。いや、そもそも生きていると言えるかどうかわからないこの魔王のその状態を、仮死状態と言えるかは怪しいところであるが、魔王は死んだ様になる。自身の全ての力を、二つのことに費やすために。自身の存在を維持することと、魔力を吸収することに集中するために。死んだ様になった魔王は、自身が受けたその強大な力を、自身の周りに残るその強大な力を、時間をかけて吸収し、我がものとする。
そして、より強力な力を得て復活する。
強い者に敗れる度に、より強くなって復活する。そして、自身を倒した者に絶望を与える。何度も何度も倒されては、更に更に強力になって復活し、その度に甚大な被害を出し、最後には絶対的な絶望を与える。
それが、この魔王である。
この魔王は、どんな魔力でも魔術でも魔法でも完全に倒すことはできない。それが強ければ強い程、魔王は更に強くなって復活するからである。
しかし、不思議な力を用いなければ、どんな兵器を使おうとも、傷一つつけることはできない。核兵器も放射能兵器も、この魔王にはなんの被害も齎さない。
何度でも、不死鳥の如く蘇る。不滅の悪魔。
それがこの、魔王である。
「フッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ。さてと、行くか。一体どんな表情を見せてくれるのか、楽しみだな。奴等には、何度絶望を味あわせてやろうか……」
そう呟きながら、開け放たれた扉へと向かって行く魔王の前に、直輝は立ちはだかっていた。
「フッ、直輝よ。何の力も持たないお前に興味はない。もう、散々痛めつけたからなぁ。部下達の仇討ちとしては、十分だろう。もう、いいぞ」
「俺が好くねぇんだよ。言っただろ。俺がお前を倒すって。」
「ハッ。フハハハ。まだ私と戦う気か。しかも倒すと。さっき自分で言っていたではないか。私には勝てないと」
「そんなことは言ってねぇよ。今の俺はお前に勝つことはないって、そう言ったんだよ。」
「ハッ。負け惜しみか」
「ちげぇよ。ピンチの女の子助けるのはなぁ、王子様って、決まってんだよ。」
「は? ……フッ、ハッ、ハッハッハッ。笑わせてくれるなぁ、お前は。では何だ? さっきのお前は私に勝つ気がなかったから勝たなかったと。そう言っているのか?」
「ああ、そうだ。」
「そうか……。ならば」
魔王がそう言い終わった瞬間、突如、直輝は後方に勢いよく吹き飛ばされた。
そして、直輝の後方で開け放たれていた扉が勢いよく独りでに閉まり、直輝はその扉に突っ込んだ。
扉にぶち当たった直輝はどさっと床に崩れ落ちる。
そこへ一瞬で跳んで来た魔王は自分の胸ぐらいの高さまで直輝を蹴り上げ右拳で突いた。
扉に打ちつけられる様に拳を食らった直輝は、再びどさっと床に崩れ落ちることはなく、今度は両の足で着地した。
低姿勢の直輝は、透かさず右拳を魔王の腹部に打ち込んだ。
「ォウッ! お前はなぜ戦う。あのウッ! あの女のためか。お前を好ッ! 好きでもないあの女のため戦って、ゥアッ! 何になる!」
「オッ! ちげぇよ。ッ! 俺はただ、俺がアッ! 俺がやりてぇから、やってるアッ! やってるだけだ。」
そう言うと直輝は魔王と少し間合いを取った。
そして、魔王の顎に右拳を打ち込んだ。
「ゥッ!」
魔王は一瞬、ふらりと崩れ落ちそうになったが踏み止まった。
そして、数歩後方に引くと口を開いた。
「フッ。気に入った。魔力も持たずに、気合いとやらだけでこの私と互角に渡り合うことができるとはな……」
「……。」
「直輝よ。私と契約を交わさぬか? 私も魔王とて、悪魔だ。人間と契約を結ぶことだってできる。しかし、今までこの私とつり合うような人間は一人として、私の前に現れなかった。だが直輝よ。お前とならば、私は契約してもよい、そう思うのだ」
「契約……。」
「ああ、そうだ。直輝よ。お前は私にお前の精力を、私はお前に私の魔力を……。互いの力を共有し、自由に使えるようにする。そういった契約だ」
「……。」
「直輝よ。私の力を持ってすれば、お前の言う王子様とやらに、お前自身がなることだって容易い筈だ。お前の手で、お前自身の手で直接、あの少女を幸せにすることだってできる。あの少女の王子様に……、なれるのだぞ。お前にとっても、悪い契約ではないのではないか?」
「そうか……、そうかもな……。」
「ああ。どうだ? 私と契約して、王子様にならないか」
「……悪いな。俺はあの人の王子様にはなれないし、そもそも俺は、王子様になんてなる気はないんだよ。王子様なんて、俺のガラじゃぁないからな。俺は俺だ。男であるよりも……、彼氏であるよりも、夫であるよりも、父親であるよりも、何であるよりも俺は俺。そんな俺が、誰かと結ばれるわけにはいかないんだよ。お姫様が浮浪人なんかと駆け落ちしたって、幸せになれるわけないんだから……。」
「……直輝よ。それは、言い訳ではないのか? 何であるよりも俺は俺。お前はそう言って、男としての、立場としての義務から逃げて、自分のやりたいことだけやっている。直輝よ。それはただの、我儘だ。お前はただ、我儘なだけだ」
「ああ、そうだよ。これはただの、我儘だ。俺はただ、自分の勝手貫き通したいだけの、自分勝手な糞野郎だ。」
「わかっているなら、なぜ改めない。人はみな、自分を変えて生きている。例えば、愛する者に愛されるため、愛する者の喜ぶように、自分を変えて、自分を曲げて、自分が折れて生きている。お前もそんな風に、変わればいいじゃないか。私はそのきっかけとなろう。お前に魔力を――力を与え、お前が変わる手助けをしよう。直輝よ。私と契約し、共に幸せになろうではないか!」
「悪いな。俺が自分の生き様曲げる時。それは俺が、死ぬ時だ。自分の生き様曲げちまったら、ソイツはもう、俺じゃねぇ。だから……いや、ちげぇな。結局理屈じゃねぇんだよ。俺はただこの生き様に、魂揺さぶられっから止めらんねぇ。止める気がねぇ。結局よぉ、とどのつまりは、そういうことなんだろうな。悪いな、魔王。お前と契約することに、俺は魂揺さぶられねぇ。」
「フッ。強情な奴だな……」
「そうだな……。なぁ、魔王。ここには王子も姫もいねぇ。いるのは悪魔と悪人。人を害する悪者同士、糞しかいねぇ。糞な俺等は糞同士、糞みたいに交わらねぇか。」
「フッ……。受けて立とう!」
魔王がそう言い終わった瞬間、二人は同時に走り出した。
二人の距離は瞬くに縮まり、手をのばせば触れられる程になった時。
直輝は右拳を魔王の顔面目がけて突き出した。
魔王はそれをヘッドバットで受け止めると、直輝の腹部を右拳で突き上げた。
「アゥッ……、ラァ!」
直輝は呻き声を漏らしつつ、左フックで魔王の米神を捉えた。
「……、フッ……、アァ!」
魔王は右手で直輝の肩を抱くように押さえ込み、左膝を腹部に打ち込んだ。
「オゥッ!」
直輝は呻きつつ、両手で魔王の頭を挟むように殴りつけた。
「ゥッ!」
直輝は魔王の隙をついて少し間合いを取った。
「魔王。俺は俺を、貫くだけだ。」
そう言いながら直輝は魔王の顎に真っ直ぐ拳を打ち込んだ。
「ッ!」
魔王は床に、崩れ落ちた。
……。
糞な結末だぜ……。
悪魔と
著者 木村直輝
二〇一四年一二月 一日
二〇一五年 九月一七日 最終加筆修正
二〇二一年一〇月 三日 最終加筆修正