第3話「アモールの優しさ」
「アモールさん、ごちそうさまは?」
「ああ、ごちそうさま……」
ぼろぼろパサパサの握り飯を雑みのある緑茶で胃に流し込んで、俺は久しぶりにその挨拶を生き返らせた。
「どうですか? 美味しかったですか?」
「まぁ……」
「よかったー」
クラースは満足そうにそう言うと、嬉しそうに微笑んだ。
「クラースは食べないのか?」
「はい! アモールさんにあげた分しかありませんから!」
「それは、わるかったな……」
「いえ! 私、お腹空いてないですし」
そう言ってもう何度目か、お腹を鳴らしたクラースは、決して崩れないのではないかと言うほど頑丈そうな笑顔で言い切った。
「命を助けて貰ったんですから! アモールさんは気にしないでください!」
「はぁ……」
いつの間にか彼女の中で、俺は命の恩人にまでなってしまったようだ。それとも彼女にとって、貞操は命と同義なのだろうか。
何にせよ、気まずくなった俺は、適当に話題を変えようと疑問に思っていたことを聞いてみた。
「クラースは、なんで黄泉蔵夫でもないのに黄泉蔵に来たかったんだ?」
「それは……。あの、ちょっとだけ重い話してもいいですか?」
なんだか少し悲しそうな笑顔でそう言ったクラースは、俺の返事を待たずに勝手に喋り出した。
「私のお姉ちゃん、って言っても実の姉じゃないんですけど。近所に住んでたとっても優しいお姉さんが、黄泉蔵夫なんです。でも、三カ月前から、黄泉蔵に行ったっきり行方不明で……。だから、私、お姉ちゃんを探したくて……」
「それはもう、死んでるだろ……」
思わず言ってしまってはっとなった俺を見るクラースの目は、大きく開いてゆらゆら揺れた。でも、彼女の笑顔は揺るがなかった。
「そーんなはずはありませーん! お姉ちゃんはとーっても強いんだから! アモールさん、私のお姉ちゃんを知らないからそんなことが言えるんですよぉ~? お姉ちゃんはとーっても強いんですから! だから。だから、私は探しに来たんですから!」
「そうか……」
俺はまた気まずくなって、今度は黙り込んだ。
「じゃあ、帰りましょうか?」
「えっ?」
立ち上がったクラースを見あげる俺に、彼女はどこか寂し気な顔で笑った。
「おじさんたちには騙されちゃったし、流石に私一人では黄泉蔵を探せません。アモールさん、もう帰るんですよね? ごめんなさい。私も連れてってください」
「……ああ。まあ、それぐらいなら……。ついでだしな」
俺はそう言って立ち上がると、歩き出した。
「なあ、ほんとにいいのか?」
「えっ?」
「だから、お姉ちゃん探さなくて本当にいいのかって訊いてるんだよ」
「えっ。でも……」
「あー、もう、じれったいなぁ。帰るついでに軽くなら探すの手伝ってやるよ。なんか手掛かりないのか?」
「アモールさん……」
クラースは目を潤ませながらも、嬉しそうに張りのある声で言う。
「ありがとうございます!」
「お礼はいいから、なんか手掛かりはないのか?」
「手掛かり、ってほどじゃないですけど……。あの日、お姉ちゃんは私の幼馴染と黄泉蔵に来てたんです。それで、彼は、黄泉蔵に入るのが初めてで……。だから、そんなに奥には来てないと思うんです」
「はあ? じゃあなんでこんな奥まで来たんだよ」
「それは、あのおじさんたちが、きっと調子にのって奥まで入ったから帰れなくなったに違いないとか言って、ぐんぐん進んで行くから……。私はついていくしかなくて……」
「はぁ……。まあ、そういうことなら完全に帰るついでだ。これでも俺は、あのルクスたちと組んでずっと活動して来た呪術師だからな。救助依頼も何件も受けてるし、初心者が躓きそうな場所にもいくつか心当たりはある。そう言う場所を重点的に通りながら帰る、ってことでいいか?」
「はい!」
満面の笑みで返事をしたクラースの顔は、あのルチアにも劣らないくらい、なかなかどうして可愛かった。