2日目_午前中_キキョウシティ
――ここは キキョウ シティ
なつかしい かおりのする まち――
ジョウトにやって来て二日目。
今日もアヴュールは昨日と同じ髪型だったが、八分袖の赤いシャツにデニムのオーバーオールを合わせたコーデに着替えていた。白い広めの襟の下で大胆に丸く空いている胸元を、黒いインナーシャツでしっかりとガードし、全体的に少女らしいかわいさをまとっている。ショート丈のオーバーオールから伸びる綺麗な脚は、白いハイソックスで包みこまれており、口の部分の黒いラインが、アヴュールの綺麗な肌の色と共にアクセントを添えている。
アヴュールたちは今日、朝早くにコガネシティを出発し、すでに隣町のキキョウシティへとやってきていた。
「すごーい。おっきいね!」
「もじゃー‥‥‥」
池の前で立ち止まって顔を上げるアヴュールとモンジャラの目には、大きな塔が映っている。
「この塔はね、とっても大きなマダツボミが柱になって出来たって言われてるんだって」
「もじゃー」
「ふふふ。ほんとかなぁ?」
心なしかいたずらっぽく笑ったアヴュールは、抱きかかえたモンジャラと一緒に写真を撮ると、目の前にかかる太鼓橋に足を踏み出した。
「面白い形の橋だね」
「もじゃー」
太鼓橋とは、太鼓の胴が真ん中に向かうにつれて膨らんでいるように、橋の中央が上に向かって膨らんだアーチ状の橋のことをいう。“マダツボミのとう”の前にかかる太鼓橋は短く、落ち着いた色合いで派手さはないが、そこには侘や寂を感じることのできる奥行きがあった。
アヴュールはその中ほどで立ち止まり、はしから池に目を向けた。
「‥‥‥」
モンジャラも足を止め、低い視線を欄干の隙間から池へ落とす。
「‥‥‥」
不意にポッポが一匹飛んできて、池のほとりの木にとまった。ポッポはまるで紙の上に描かれた浮世絵のように動きをとめ、どこかを静かに眺めている。
「‥‥‥‥‥‥なんか、いいね」
「もじゃー‥‥‥」
ふと呟いたアヴュールに、モンジャラが優しく返事を返す。
通行人が、アヴュールとモンジャラにさして意識を向けることもなく通り過ぎていく。
とまることなく流れていく時の中で、今ここで、アヴュールとモンジャラだけが立ち止まっていた。景色とポッポもとまっていた――。
「‥‥‥」
ポッポが不意に体を震わす。アヴュールの足元で、モンジャラは音を立てることもなく呼吸をしている。水面は静かだが、目には映らない小さな変化を絶えず繰り返し、木々は葉を揺らすこともなく光合成をし、橋は永久にも近しい速度で音もなく風化してゆく。アヴュールの心臓は、その華奢な体の中で、誰の目にとまることもなくどくんどくんとゆっくり鼓動を刻んでいる。
「‥‥‥ぽぽーっ」
不意にポッポが鳴いて、飛び去った。
後には何も残さず、後には変わらない風景が残った。
「‥‥‥行っちゃったね」
「もじゃー‥‥‥」
ポッポの姿はもうどこにも見えないが、ポッポは確かにどこかにいるはずで、今もきっと生きているはずで。でもそれを、アヴュールたちは知る由もない。
「行こっか‥‥‥」
「もじゃー」
二人は再び歩き出した。
*
――ここは マダツボミのとう
ポケモンの しゅぎょうを なされよ――
「ねぇ見て! かわいい‥‥‥!」
「もじゃー」
“マダツボミのとう”の入り口で、悶えんばかりに喜ぶアヴュールを見上げて、モンジャラが優しく微笑む。
そんなアヴュールたちの前には、マダツボミの像が立っていた。
塔の入り口の両脇には、一体ずつマダツボミの像が建てられている。力強いタッチで彫られたマダツボミの像は、その作風とは裏腹に、マダツボミらしい何とも言えないゆるーい表情をしている。
「あっ、ねぇ見てモンジャラ! 柱が揺れてるよ!」
「もじゃー」
思わず抑えた声をほとばしらせるアヴュールの目の前では、塔の真ん中に立つ太い大きな柱がぐわ~んぐわ~んと揺れていた。
「外からじゃ全然わかんなかったね」
「もじゃー」
マダツボミの細い胴体のようにうねる極太の柱に、アヴュールとモンジャラは見とれてしまう。
「“マダツボミのとう”はね、すっごーく昔に、ポケモン修行のために建てられたんだって。でもね、今まで一度も、地震とか台風で倒れたことがないらしいの」
「もじゃー」
「地震とか台風がきても、建物が上手く揺れて振動を逃がしてくれるから倒れないんだって」
「もじゃー‥‥‥」
「すごいよね。そんな昔に、そんな技術があったなんて‥‥‥」
「もじゃー‥‥‥」
しばし柱を眺めた後、アヴュールたちは塔の一階を見て回る。
「今揺れてるのは、上でお坊さんたちが修行してるかららしいよ」
「もじゃー」
「こんなにおっきな柱がこんなに揺れるなんて、どんな修行してるんだろうね‥‥‥」
「もじゃー‥‥‥」
一階をじっくり見て回ったアヴュールたちは、最後に二階へと続く階段を前にして立ち止まった。
「ここから上は、野生のポケモンも出るみたいだし、お坊さんたちとの修行もあるらしいし、私たちはやめとこっか」
「もじゃー‥‥‥」
アヴュールたちは少し残念な気持ちをお土産に、引き返す。
「最上階にはね、マダツボミの絵が飾ってあるんだって」
「もじゃー‥‥‥」
「実物は無理だけど、後でゆっくりネットで見ようね」
「もじゃー!」
少しお腹が空いてきたアヴュールたちは、ゆらゆら揺れる“マダツボミの塔”を後にした。